第53話 ためる

 勇者様たちが無事に帰還し、日常であろう日々がやってきた。


 みんなのサポートをしていて思うが、ここにいる魔術師たちのレベルが凄く高い。ついていくのが精一杯だ。


 無理もないと思う。ヴィシュでもトップレベルの方々だったんだから。まだ修行中だった俺が簡単に追いつけたら彼らの立場はない。

 王妃殿下は元勇者だったのだから強くて当たり前だ。


 それは分かってる。でも、焦る。


 今日はそこまで大量に魔力を使わなかったから、魔力タンクに俺の魔力を貯める。タンクに貯めた魔力は、大きな魔術を使う時に使われるのだ。

 それが使われるのは、ヴィシュでは基本的に『異世界召喚』だったと聞いている。


 なんだかもの凄く複雑な気分だ。『異世界召喚』という言葉を考えると、つい今までのいろんな事を考えてしまう。おまけにため息まで出てきた。ちょうど手をタンクに置いてるので不自然ではないだろう。


「ちょっと、ウティレ! そんなに入れて大丈夫!?」


 王妃殿下の声が聞こえて、我に返った。振り向くと、心配そうな表情をした妃殿下とヨヴァンカ様が立っていた。


「いえ、そこまでは入れてはいないはずですが」

「結構長時間入れてたわよ」


 ほら、とヨヴァンカ様が時計を示す。気づいていなかったが、十五分くらい経っていたようだ。普通は長くても二分くらいだから、それは止められて当たり前だ。


「顔色も悪くないし、枯渇まではいってないと思うけど、念のために回復薬を飲んでおいたら?」

「こういう時に摂取してもいいのでしょうか。勝手にタンクに貯めすぎただけで……」

「むしろ飲みなさい!」


 躊躇っていたら叱られてしまった。苦笑いしてからローブのポケットから瓶を取り出す。そしてその中に入っていた回復薬を二錠ほど出して噛む。この苦さは嫌いじゃない。


 他の人はこの味を嫌うそうだ。王妃殿下など、砂糖の入った子供用のものを摂取しているくらいだ。菓子じゃないんだから砂糖入りってどうなんだ、と思うが、新人がそんなことは言えない。


 こうやって気楽に魔力回復薬を摂取できるようになったのもヴェーアル王国の魔術師になってからだ。ヴィシュではこんな貴重なものを常備する事など許されなかった。ましてや個人所有などありえなかった。

 便利すぎる気がする。


「お二人もタンクに?」

「ええ。近いうちに使うだろうと陛下がほのめかしていたから少しでも貯めておいたほうがいいかしらと思って」


 何に使うのかものすごく気になるが、答えてはくれないのだろう。


「……まだ私も詳しくは聞いてないんだよね」


 苦笑いをしつつ王妃殿下が小声で俺の質問に答える。あえて俺とヨヴァンカ様にだけ翻訳を使って故郷の言葉で話している。

 この人は内緒話をする時にたまにこういう事をする。だけど、ここは王宮魔術師の仕事場なのであまり意味がない気がする。いや、隠密対策だろうか。


「でも王宮魔術師の大仕事らしいから頑張ろうね!」


 そういう事なら頑張るべきだ。俺も笑って『はい』と同意する。


「魔法使いの方々にも認めていただかなくてはなりませんしね」


 ヨヴァンカ様がポツリと呟く。それはまさにその通りだ。王妃殿下も同意らしく、頷いている。


 魔法使いの俺たち魔術師へ対抗意識はまだ続いている。ずっと王族に支えてきた魔族達が、ポッと出の人間を面白く思うわけがないのだ。

 俺も寮で『調子に乗るなよ』とばかりに睨みつけられた事もあるし、彼らの大仕事の帰還に居合わせた時は得意げな顔をされた。


 魔王陛下がしっかり睨んでいるし、彼らにもきちんとある程度の良識はあるので、変な事はして来ないのが救いだ。

 そりゃあ王妃殿下がいる場所にイタズラ程度だとしても何か変な攻撃をしたら物理的に首が飛ぶもんな。魔王陛下が王妃殿下を可愛がっている事は周知の真実だし。大体、ゴスタさん曰く陛下は『魔王妃贔屓』だし。


 それでも俺達は立場が微妙といえば微妙なのだ。まあ、新参者なんてそんなものだけど。


 きっと、大きな仕事というのはそういう事なんだろう。王妃殿下を中心とする魔術師達の立場を確立する舞台。

 そう考えると責任重大な気がする。


 そんな事を話しながらお二人も魔力をタンクに貯め終える。一分くらいでささっと済ませている。ま、普通はそうだ。考え事をしすぎて十五分も貯めた俺がおかしいのだ。


 それからきちんと挨拶をしてお二人を見送ってから俺も寮に戻る。もうすぐ食事だ。今日の夕食のメニューは何だろうと心が弾む。

 お腹は減っているけど、嫌な減り方ではない。それが何だか嬉しい。


 数ヶ月前の空腹は最悪だったから思い出したくもない。うん。思い出さない事にしよう。

 それより、食事の前に部屋でお茶でも飲もうかな、と考える。今日は何の茶葉にしようか。


「あ……」


 あともう少しで俺の部屋という所で、魔法使いのステファンさんの姿が見えた。さっき噂をしたからだろうか。


 めんどくせえ、と小声で悪態をつきたくなるが飲み込む。あちらは王宮勤めの先輩、そして俺は新人だ。

 静かに『お疲れ様です』と挨拶をする。


 得意げな顔をしたので割と大きな仕事の後だったようだ。

 でも、『新人ひよっこか』と言いたげな感じで小さく鼻で笑うのはやめて欲しい。


 まあ、とにかくそのまますれ違ってから部屋に戻る。


 今度あるっていう仕事で印象が良くなったらいいのに。そうすれば陛下や妃殿下も安心されるだろうし。


 これで大した事ないものだったら笑ってしまうしかないけど、陛下から妃殿下にもたらされた情報がガセなはずがないからそれは大丈夫だと信じている。


 とは言っても見習いである俺が活躍できる場ではないだろう。きっと、妃殿下の評判を良くするために考えられた仕事に違いない。だったら俺はサポートに徹してるべきだ。そこらへんはきちんと弁えている。俺もガキじゃないんだし。


 やれやれ、とため息をついてから、俺は食前のお茶を淹れにキッチンへ向かった。

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