第48話 兄弟姉妹
目の前の紙に書かれた魔術式を真剣に見つめる。
この魔術式にレベル二の灯りの魔術式を組み込むにはどうしたらいいのかをずっと考えているのだ。
この火魔術の入れ方がおかしいのだろうか。と、なると最初から全部組み直さなくてはならないかもしれない。
とりあえず思いついたものを書き出してみる。
今、やっているのは組み合わせの魔術の課題だ。同時に四つの魔術を組み合わせなくてはいけないのでとても複雑なのだ。変なところに入れると、他の魔術が発動しなくなるという事もある。
王妃殿下はよくこれをパズルになぞらえているが、言い得て妙だと俺も思う。
幻術だったら同じ効果でも簡単に作れるのに、とぼやきたくなる。つい紙の片隅に小さく幻術の魔術式を書いてみる。
でも、これでは駄目なので諦めてもう一度課題に集中した。現実逃避をしている場合ではない。今は勉強をしているのだ。
それにしてもラヒカイネン男爵はこれを中級魔術だと言っていたが、もしかして上級魔術に片足を突っ込んでるのでは? なんて思ってしまう。それくらい難しい。
「ヨヴァンカ。どこか分からないところがあるのか?」
俺が考えている横で同じく——とはいえ俺とは別の課題に取り組んでいるユリウス様が妹のヨヴァンカ様に話しかけた。
ラヒカイネン男爵は魔王陛下と大事な話があるそうで、俺達にいくつか課題を残した上で席を外している。
ハンニは、いつものように別室で、ミュコスから来た教師と『まじない師』としての修行をしている。
「ええ、お兄様。ここなのですけれど……」
ヨヴァンカ様は素直にユリウス様に頼る。ユリウス様は優しい目でヨヴァンカ様の課題を見て軽くヒントを与えている。それで問題が解けたようで、ヨヴァンカ様は嬉しそうに笑った。それをユリウス様は穏やかな表情で見つめている。
『兄弟姉妹』というのは普通はそういうものなのか。いいな……。
つい、心の中でそう呟いてしまう。
俺が兄に分からない事を質問したりしたら、『こんな事も出来ないのか、馬鹿が!』と言われて鞭で打たれたり殴られたりするだけなのに。
いや、昔から殴られてたから、勉強で分からない所を訊ねるなんて機会はなかったけど。兄さま達はそんな許可を出すような雰囲気もなかったけど。
いや、今はあの恐ろしい兄達とは離れて暮らしているんだから。俺はもうキアント家の人間じゃないんだから。魔王陛下が縁を切らせてくださったのだから。だから大丈夫。そう自分に言い聞かせる。
とりあえず課題に集中しなければならない。
そうして勉強をしていると、ドアがノックされる音がした。ユリウス様が応答する。
どうやら王妃殿下の姉君をラヒカイネン男爵がここに連れてきたようだ。
今、王妃殿下は大魔導師デイヴィス様に魔術指導を受けている。それが終わるまでここで待つ事になったようだ。
それは分かった、がどうしても疑問が残る。
「王妃殿下の姉君は異世界の方では? どうしてここに?」
小声で、そしてあえて通訳魔術を遮断したヴィシュ語で、そっとユリウス様達に質問する。
「魔王陛下が異世界とここをつなげる魔法を使えるのは知っているだろう? だから王妃殿下は時々ご家族との面会を許されているんだよ。しょっちゅう文通もしているそうだけどね」
さらりとそう答えが返ってくる。もちろん知っている。だからアーサー様を異世界に返せるのだという事も。
どうやら魔王陛下は王妃殿下のために、その魔法をよく使うようになったそうだ。とは言っても数ヶ月に一回くらいだが。
でも、それはいいのだろうか。やはり『魔王妃贔屓』なのではないのだろうか。
とりあえず、王妃殿下の姉君のサキ様には応接室で待っていただく事になった。ヨヴァンカ様がお茶をサーブしに行く。
そういえば俺が王妃殿下のご家族と会うのはこれが初めてだ。自己紹介をしたほうがよかっただろうか。まあ、王妃殿下が戻ってきたら挨拶をする時間も出来るだろう。
そう考えて課題に戻る。色々と考えてなんとか解くことが出来た。ほっと息を吐く。
ふと顔を上げると側にラヒカイネン男爵が立っていた。集中していて近づいているのに気付かなかった。
とりあえずきちんと出来ていると褒められたので嬉しい。机の下でご機嫌で小さく拳を握る。それを見られたらしくユリウス様に吹き出される。
そんな事をしていると、扉の向こうから軽快な足音が聞こえてくる。足らかに足音の主はご機嫌だ。
扉が開く音がしたので反射的にそちらを見る。
「お姉ちゃんが来てるって!?」
「……レイカ殿下」
駆け足で入ってきた王妃殿下にヨヴァンカ様が頭を抱えている。気持ちは分かる。
王妃殿下、貴女様は王族なのですよ。そう注意したい気分だ。
ヨヴァンカ様と俺の表情を見て、何を言いたいのかが分かったのだろう。王妃殿下が『まずい』という顔になった。
何かの言葉を飲み込んだところを見ると『ごめんなさい』とでも言うつもりだったのだろうか。王族がそんなに軽く謝罪してはいけない。
しっかりしてくれよ。最初に怖がってたのが馬鹿みたいじゃないか。何なんだこの人は。
「それで、お姉様はどちらにいらっしゃるの?」
それでも気にはなっているようで興奮した様子でヨヴァンカ様に尋ねている。
「応接室でお待ちですよ」
「ありがとう」
心底嬉しそうににっこり笑って王妃殿下は応接室に歩いて行く。もう少しでドア、という所で向こうから扉が開いた。
「レイカ! 久しぶりだね」
「お姉ちゃん、来るなら言ってくれればよかったのに」
「あれ? オイヴァく……魔王さまは言わなかったの?」
「うん。さっき聞いた。もうびっくりしたよ!」
楽しそうに会話を交わしている。それにしてもサキ様、魔王陛下を『君付け』にしようとした?
この国の人間じゃないからいいのだろうか。
それにしても、王妃殿下は姉君に会えてすごく嬉しそうだ。どう見てもとても仲がいい。
普通はそういうものなのだろう。きっと、ラヒカイネン家の方々がここに来た時はヨヴァンカ様も同じようにユリウス様に甘えたのかもしれない。
もし俺があの人達に再会してしまったら……。
そこまで考えて、やめろ、考えるな、と自分に言い聞かせる。
何を考えても現実は変わらないのだ。
「あ……」
王妃殿下の小さな声が聞こえた。そちらを見る。
彼女はどこか気まずそうな表情をしている。目線が『ごめん』と言いかけていた。それを強い視線で止める。
そういう言葉はいらない。王妃殿下がサキ様との再会を喜ぶのは普通の事なのだから臣下の俺にわざわざ気を使ってもらわなくていい。
でも、気を使われたのは俺の表情が気づかぬうちに硬くなったからだろう。こういうところは気をつけなければいけないのかもしれない。
俺は、あえてお二人ににっこりと微笑みかける事で『問題はありませんよ』と伝えた。
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