第47話 新しい弟子(ヒューゴ視点)

 次はうまくやるぞと決意を固めている愛弟子を微笑ましい気持ちで眺める。

 この子を弟子に出来たのは本当に幸運だった。


 ウティレの事はヴィシュ王国にいた時から知っていた。

 三年ほど前に、十三歳でありながらかなりの好成績で魔術師補佐の試験に合格した子供がいると聞いた。その子があまり魔術師を排出しないキアント伯爵家の令息だというのも興味を持った理由の一つだった。


 そうやって若くして才能を持つ者は、自身の才能に溺れる事もある。

 どんな子なのだろうと、気になって少しだけ様子を見に行った。真面目に黙々と修行をする姿にとても好感を持った。彼の様子を見て、私の心配は杞憂だととても安心した。


 ウティレが社交界にデビューした時にはしっかりと会話を交わした。ただ、貴族同士のやりとりしか出来なかったし、夜会でのウティレは、他の人以上に笑顔の仮面を貼り付けていた。完璧とも言えるほど。それはどこか痛々しく感じた。


 魔術師補佐達を指導している者にも話を聞きに行ったが、『不思議な子で、休暇があっても滅多に屋敷に帰らないし、帰ったとしても短時間で戻ってくる』と聞いた。そこで家庭に事情があるのだろうと察した。


 何度かこっそりと彼の修行の様子を見て、ある程度実力がついたら自分の弟子として引き抜こうと考えていた。それほど彼には伸び代が見えたし、その才能を埋もれさせるべきではないと思っていた。


 なのに、国王の嫌がらせで、娘のヨヴァンカが勇者のパーティメンバーに選ばれ、ある程度フォローできるようにと準備している間に、何故かウティレがヴェーアルに刺客として送られる事になったと聞かされた。

 意味が分からなかったので、どういう事なのか国王に問いただした。


 ウティレが国王の命で隠密活動をさせられていた事は知っていた。彼は幻術が得意だと聞いていたので、それを生かす場を国王陛下が用意した。そう思っていた。いや、今思えばそう納得したかったのかもしれない。


 問いただした私に来た返事は到底信じられないものだった。


 『ウティレ・キアントは虐待をされ慣れているから』。


 あまりにも非人道的な言葉に怒りで怒鳴り散らしそうになった。もちろん、実際にそんな事をしていたら不敬罪で罰せられていただろう。


 どうやら国王に協力している魔族、プロテルス公爵は一応表向きには人間の刺客を魔王城に送るのを歓迎するふりをしている。だが、どうやらこっそりと痛めつけて死なせて『こんな弱い人間を送るなんてありえない』とヴィシュに抗議する事を考えていたようだ。

 だから、暴力を振るわれるのに慣れていて、少しでも長生きしてくれる人間を送る。国王の作戦はそういうものだったようだ。


 腹違いの兄や姉に虐待されていた——それもこの時に知った——ウティレは、あの男にとってまさに最適な駒だったのだ。


 それを聞いた時に頭の中で何かが切れたような音がしたのをよく覚えている。


 この国に未来はないとはっきり思ったのもこの時だった。


 だから私は自分の家族と、末娘の仲間の家族を引き連れてヴィシュを出て行ったのだ。

 魔王から秘密裏に送られてきた勇者との婚儀の招待状が送られて来て行きやすい状態だったというのもありがたかった。あれは間違いなく『正式にこちらの味方となれ』という誘いだった。


 その頃の私は、もうウティレには会えないと思っていた。きっとプロテルス公爵に殺されてしまっただろうと諦めていた。


 だから、魔王陛下の婚儀の翌日に、刺客として『ウティレ・キアント伯爵令息』がやってきた。そして投獄されていると聞いた時には耳を疑った。だが、同時にとても嬉しかった。


 勇者のパーティメンバーだったハンニがウティレの命乞いをしなければ、私が膝をついていただろう。


——なんでもしますから彼の命を助けてください。


 まさに同じ言葉を私も言いたかった。


 元より魔王陛下もウティレを殺すつもりなどないようだったが、何にしても生きていてよかったと思う。


 本当に魔王ご夫妻には感謝している。死にかけだったウティレに治療の魔法もかけてくれて、食事から何から気を遣って下さったのだから。

 おまけに投獄中に私と話す機会も作ってくださった。そこで本人にも宣言した通り、今は彼の後見人として、そして魔術の師匠としてここにいる。


「ウティレ、そろそろ始めるよ」

「はい!」


 しっかりと私の目を見据えて答える。


 どうやらこの弟子は負けず嫌いなようだ。最初は自信がないのかと思っていた。だが、しばらく接していくうちにとても完璧主義すぎる事が分かった。


 もっと、気を緩めてもいいんだよ、と何度も言っているのだが、そうはいきません、と言葉でも視線でも返事してくる。そう言われるとつい微笑ましくなって笑いそうになってしまうのだが。


 まあ、そのうち落ち着くだろう。それに向上心があるのはいい事だ。


 どう来るだろうと——目線は私の指示で別の所に向けているが——、私の方に集中しすぎているウティレにまた笑いたくなってしまう。きっと先ほど、最後の攻撃を見逃したのがとても悔しかったのだろう。

 練習だからいいが、実際にそこまで警戒していたら敵に気づかれてしまう。

 後で指摘しなきゃいけないな、と思いながら私は最初の魔術を的に放った。

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