第37話 勇者の恩返し(魔王妃視点)
ウティレがため息を吐いた。なんとなく呆れられてる気がする。
「魔王妃殿下がそのキスケという方の残したもので助けられたという事は分かりました。しかし、何故それを貴女が受け継いでいらっしゃるのですか?」
何でって言われても困る。ウティレにとっては、私が大月さんや先代陛下であるお義父様の意思を継ぐのはおかしいことなのだろうか。
「だって、誰か動かなきゃずっとこのままだよ。魔族側にも被害があったっていうし、この事情をそのままにして、はい、さよなら、っていうのはね」
「……お人好し過ぎやしませんか?」
ウティレは完全に呆れている。しかも、オイヴァにもよく言われている言葉まで飛び出てきた。素直にそう言うと、頭を抱えている。
「……この人は何なんだ」
小声でそう呟いている。何なんだと言われても、元勇者の魔王妃ですとしか答えられない。ついでに麗佳・ヴェーアルと名前まで言えば満足するんだろうか。……しないんだろうな。何で改めて自己紹介してるんだって呆れられるのがオチだ。
「『勇者』はヴィシュの身勝手で連れて来られた人達だしね。ここで命を落とすなんて嫌じゃない。私が助かったのに、他の人が助からないなんて不公平だよ。それに……」
そこまで言ってからつい口を噤んでしまった。ウティレが続きを待っている。でもどう答えたらいいのだろう。この事はオイヴァにも話していないのに。多分、オイヴァは気づいてるんだろうけど。
「それに?」
ウティレが返事を促してくる。
「それに先代陛下もそれを望んでるみたいだったし、オイヴァも協力してくれるって言ってくれたしね」
一応無難な答えを返す。嘘は言っていない。
——何かしたいというのなら私より『未来』を……オイヴァとリアナを、そしてヴェーアルの国民を守ってくれ。
先代の魔王陛下にはそう言われた。間違いなくあれは遺言だった。
お義父様は最期までしっかりと国王の役目を全うしていた。今でも尊敬するほど。
私がそれに縛られている事も自覚してる。
でも、私が動いてる理由はそれだけじゃない。
先代陛下は私の命の恩人だ。息子を勇者に殺されてもなお、あの警告を残してくれていた。大月さんに協力するのをやめたと言っていたけど、その時にあの本を処分しても誰も文句は言わなかったはずだ。
でも、そうしなかったから私は今生きている。でなければ、何も知らないまま、勇者を倒しにラヴィッカの街にいたオイヴァに殺されていたに違いないから。
だけど、私は病に苦しむ先代陛下に何もしてあげる事が出来なかった。先代陛下は私を救ってくれたのに、私は彼に何も返す事が出来なかった。
そりゃあ、もう手の施しようもない状態だったけど。何にもならないから魔術治療もいらないと本人に言われた結果なんだけど。
でも、助けられなかった事には変わりないから。
だから、せめて、意思は継いでおきたかった。
自己満足だって事は私が一番分かってる。それでも無力な自分が出来る事があるならしたかった。
でも、この事はウティレには関係ない。話したとしても、彼の心は動かないはずだ。
だから言わない。
ただ、最初に思ってた事と別の理由を出した事はウティレにはバレバレなようで、何とも言えない表情をされてしまった。
「失礼な言い方になってしまいますが、魔族相手に協力する事に何も抵抗はなかったのですか?」
そしてきちんとそのまま話を進めてくれる。ありがたい。そして、最初にワンクッション挟む事で、私達が気分を害するのを防ごうとしている。まあ、これはパオラとエミールがオイヴァの怒りを買ったのを目の前で見ていたからなんだろうけど。
「なかったよ。だって最初に会った時のオイヴァだって敵意は向けてきてたけど、理由が『家族を守りたい』だったからね。先代陛下もとても人格者でいらっしゃったし」
「そうなのですね」
ウティレはにっこりとした笑顔を浮かべた。ただ、笑顔は笑顔なんだけど、なんというか……あえて作っている笑みというか……。
そういえばハンニも、寝返りに関する話をした途端に、緊張感が走るって言っていた。いろいろとウティレの内心は複雑なんだろう。
オイヴァも『ゆっくりやっていく』って言ってたし、それでいいのかもしれない。
「今回はウティレも協力してくれて助かったわ」
とりあえずそうねぎらっておく。ウティレはその言葉を聞いて苦笑いをした。『不本意だったんですけどね』とでも言いたげな笑みだ。
「それで、勇者様だけでなく私まで生かされているのには何か理由があるのですか?」
もうウティレは笑顔を引っ込めている。そのかわりに真剣な表情を浮かべている。
これを私に聞くという事は、ウティレを生かすことに私の意見が少なからず入っていると思っているのかもしれない。まあ入ってるけど。
「だって、ヴィシュ人がここで死ぬなんていろいろ言いがかりつけられそうじゃない」
淡々と答える。別に隠す事でもないし話しても大丈夫なはずだ。
「そういうものですか?」
「そういうものでしょう」
普通に答えたはずだ。なのに、ウティレが何故か呆れ顔を浮かべている。『何やってるんだよ、この人』と言いたげな表情だ。
別に変な事は言ってないはずなのに、どうしてそんな顔をしているのだろう。
ただ、動揺をするのは良くないのでなるべくすました顔をしておいた。
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