第36話 元勇者の怒り

「オオツキさんはね、召喚は間違いなくまた行われるって予測していたの。だから、勇者に真実を伝えようと動いたんだって」


 てっきりそのキスケ様という昔の勇者様はイシアルに隠れ住んでいたのだと考えていたが、そうではなかったようだ。


 それにしても、遠いイシアル王国から何が出来るのやら、と呆れてしまう。


 とはいえ、それが実行出来た、または計画を立てる事が出来たからこうやって話が伝わっているのだという事は分かる。


「一体何をしたのですか?」

「当時の魔王陛下、今の陛下のお父様ね、に協力していただいて、警告を出したの。真実を本にして、ヴィシュの一角に置いたの。……って、ウティレ、落ち着いて!」


 驚きのあまりつい椅子から勢いよく立ち上がってしまった。まあまあ、というように魔王妃が苦笑いしながら両手で俺を制している。

 おまけにヨヴァンカ嬢に『椅子にお掛け下さい』なんて叱られてしまった。


「ヴィシュ王国の一角にそんなものがあるなんて知りませんよ」

「ヴィシュ人が知れるわけないでしょ。知ってたら間違いなく捨てられるよね」

「それは……。確かにそうですね」


 これに関しては認めるしかない。都合の悪い事を隠せたから、俺のように騙される人間が出来たのだ。


 つまり、どこかに巧妙に隠してあるのだ。もしかしたら、いや、間違いなくヴィシュ人の貴族の協力者もいる。そうでなければこんな大それた事など許されるはずがないのだ。


 協力するふりして国王陛下に報告を上げるなんて事は考えなかったのか? まあ、そうなったらそうなったで問題になりそうだけど。


 きっと、今の俺には実際にどこにあるのかは教えてもらえないはずだ。こんな宙ぶらりんな存在には。教えてもらうには信用させる必要がある。

 とは言ってもヴィシュに持ち帰れる気はしないけど。こんな話をされている時点で、いや、今までの大事な話も含めていろいろと聞かされている時点で、俺が逃げられない事は確定している。情報を得るたびに『逃がさないぞ』と言われている気がする。それは間違えではないはずだ。


 おまけにだまし討ちで勝手に『寝返った事とみなされて』いるし。


「つまり、勇者時代の魔王妃殿下はそれを見つけたと?」

「そう。びっくりしたよ、本当に。冒頭から『貴方はさぞかし当惑しているだろうと思う。でも、これは真実なのだ。だから、どうか受け止めて欲しい。私はあの絵のとおり、本当に殺されかけた。それも魔族ではなく、ヴィシュの王の遣いに』だもん」


 諳んじれるほど衝撃的だったようだ。どうやら誰にでも伝わるように絵もつけられていたらしい。

 それで、魔王妃、いや、勇者レイカは魔族に交渉してこの国まで逃げてきたという。


「それで、魔王に会ったのですね」


 確信を込めて言う。魔王妃は当時の事を思い出したのか小さく笑った。でも、なんだかその笑みに悲しみが込められているみたいに見える。


「会ったよ。『病にかかって瀕死の状態の魔王』にね」


 やっぱり魔王妃は悲しんでいる。声が小さい。


「瀕死?」

「そう。痩せ細ってて、苦しそうに咳してて、薬を飲まなきゃ満足に喋れなくて。たくさんのクッションや枕で背中支えないと起き上がれないくらいで……」


 やはり当時の事を思い出しているのか辛そうな口調だ。つまり、同情したという事だろうか。


「ねえ、ウティレ。これがどういう事か分かる?」

「どういう事って?」

「私はあの剣を持たされてたんだよ! 何を意味してるのか分かるでしょ!」


 いきなり強い口調でそんな事を言った。


「え?」

「『こんな小娘でもここまで弱った魔王相手なら軽くでも剣で傷つける事は出来るだろう』って、そうよね。その通りよね。相手は瀕死で動けないんだから! 抵抗出来ないんだから!」


 命じたのは俺じゃないけど、そんな事を指摘出来るほどの余裕はない。それだけの怒りが彼女から迸っている。つい『ごめんなさい』と言ってしまいそうだ。


 ヴィシュ王国は魔王の病を知らなかったのではないか、と言いかけて、すぐに、そんな事はないと思い直す。

 前にハンニから、今の魔王が即位したのは半年ほど前だと聞いた。俺がプロテルス邸に送られたのがその頃だ。

 だったらその計画はいつから立てられたのか。少なくとも行き当たりばったりではなかったはずだ。


 とりあえず黙ってる方がいい気がして、無言で魔王妃を見つめる。怒りが怖いけど、目をそらすというわけにもいかない。


「……ごめん。八つ当たりだったね。ウティレを責めてもどうしようもないのに」


 しばらく待つと、なんとか魔王妃が冷静になってくれた。


「いえ、貴女様のお怒りもごもっともかと……」


 とりあえず思った事を言っておく。それは認めなければならない。


「剣は使わなかったのですね?」

「当たり前でしょ」

「……そうですよね。申し訳ございません」


 とりあえず思った事を尋ねてみたら厳しい視線と声が飛んできた。


 我ながら馬鹿な事を確認してしまった。そういえばハンニから彼女は先代の魔王を『優しく看取った』と聞いている。


 さすがに事情が重すぎる。本当に非人道的な話だ。


 こんな理由を聞かされたら、責めるに責められない。いや、エミールなら『そんな事情なんか知ったこっちゃない』とか言いそうだけど、俺はそこまで腐ってはいないのだ。

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