第35話 勇者の事情
結局、魔王達との話し合いの結果、勇者アーサー様は元の世界に帰り、パオラは外国に逃亡する事になったそうだ。
ただ、しばらくはこの国に滞在するそうだから二人は大変だろうと思う。
でも、そんな事を心配している余裕は俺にはない。
魔王の好意で、少しだけ魔王妃と話が出来る事になったのだ。とはいえ当然見張りつきだが、ありがたい事だ。
指定された部屋に入り、しばらく待っていると、魔王妃がヨヴァンカ嬢を含む何人かの侍女を連れて部屋に入ってくる。
臣下にされてしまったので、きちんと丁寧に礼をする。隙を作るわけにはいかない。
「ウティレ、そんなに固くならなくてもいいのよ」
魔王妃は苦笑しているが、それではまずいだろう。
「そういうわけにはまいりません」
なのでこの態度は崩さない。エミールやパオラのような醜態など見せたくはないのだ。
でも、と続けようとしているようなので、にっこりと笑ってそれを止める。魔王妃は苦笑いをしてそれ以上続けなかった。ほっとする。
「それで、わたくしに聞きたい事って?」
改めてそう聞かれる。いろいろ聞きたい事はあるけど、どこから聞いたらいいのだろう。
とりあえず、一番聞きたかった事から聞いてみよう。
「どうして、貴女は魔王側についたのですか?」
そう尋ねると、魔王妃は苦笑いを浮かべた。
「みんなまずそれを聞くのね」
「当たり前です。あなたはヴィシュの『勇者』だったのですから」
「ウティレも『裏切り者め』とか思ってるの?」
正直思っている。
ただ、俺もある意味ヴィシュを裏切り始めたのだからそこまで責められる立場ではない。俺の場合は半分強制なのだが。
なので、とりあえず笑顔を浮かべてごまかした。それでも空気に肯定の意味は込める。
「正直ね」
「貴女ほどではありませんよ」
これくらいの嫌味なら言ってもいいだろう。
でも、魔王妃は気にしていないようだ。
「説明していただけるんですよね?」
話を元に戻す。これで『何のことかしら』と言ったら俺も怒鳴る自信がある。
「ええ、もちろん」
その言葉にほっとする。
「簡単に言えば、『協力する理由がなくなったから』かな」
言葉が通訳魔術越しにヴィシュ語で聞こえる。つまり、母国語で、元勇者として話してくれているという事か。
「最初はね、人殺しは嫌だったけど、平和への橋渡しはきちんとしようと思ったの。でなきゃ元の世界に帰してくれないって言ってたし」
「つまり、『話し合いで侵攻を止める』つもりだったと?」
「そう」
「……随分と甘い考えをしていらっしゃるのですね。『勇者様』は」
呆れたせいかつい口から馬鹿にするような言葉が出てしまって慌てて口を押さえる。最近、妙に失言が多い。気をつけなければ。
「うん。今なら分かるよ。もし、本当に魔族が侵略をしていたら、私は今頃命はなかっただろうね。それか意思でも奪われて操られてたりされてそう」
この世界で過ごして少しは学習したということか。
「故郷では戦争が終わってかなり経っていたし、『戦い』という事に無縁だったんだよね」
よくそんな奴が召喚されてきたな。どうやら当時の召喚は大失敗だったらしい。
「でもさ、ウティレもここで十分に知ったでしょ。魔族は元々ヴィシュを侵略する気なんかなかったって」
魔王妃はしっかりと俺の目を見てそう言う。それはこの二ヶ月弱で嫌という程分かってしまった。ヴィシュで教えられていた魔族に関する話。それがほとんど嘘なのだろうという事は。
一番本当に近い『魔族はヴィシュ人を嫌っている』も、今まで聞いた話からして、『勇者を送ってくるから』なんだよな。
「昔ね、同じ事に気付いた勇者がいたの」
いきなり話が飛んだ。でも、大事な事なのだと分かる。
そうして魔王妃が話した事はラヒカイネン男爵から聞いた話の勇者側の話だった。ほとんど聞いた事があるからすんなりと話を聞ける。
ただ、その当時の勇者様——キスケ・オオツキ様というらしい——が魔王妃と同郷の者だという事は知らなかった。とは言っても二百年ほど前の話なのでかなり時代が違うらしいのだが。
「で、オオツキさんはイシアル王国に逃げ延びてそこで保護されたの」
イシアル王国というと王都が学園都市という事でとても有名な国だ。
「どうしてイシアル王国が?」
「当時の王太后が魔族と親戚だったって聞いたけど」
「はぁ?」
つい王族の前で出すのにはとても失礼な声が漏れてしまった。いきなり変な言葉が出てきたせいで理解するのに時間がかかる。
「ミレイア王太后よ」
戸惑っている俺に、ヨヴァンカ嬢が補足してくれた。それでどういう事か分かった。
ただ、理解はしたが、戸惑いは収まらない。とんでもないビッグネームが出てきたのだ。
イシアルのミレイア王太后といえば、この世界の、と言ったら言い過ぎだが、少なくともこの大陸でその名前を知らない者はいない。
なにせ、この大陸で一番の権力を持っている方の妹君で、リスティアの黄金時代を作ったと言われている三人の中の一人なのだ。
そういえばミレイア王太后の故郷であるアイハ王国は、魔族と婚姻関係を結んでいたと歴史で習った事がある。
そんな方が勇者に関わっていたなんて知らなかった。ただ、当時、それだけの権力のある方だったからこそ勇者を保護出来たという事は分かる。それでもすごい勇気だとは思うが。
「それで、そんな昔の話と今の貴女の事がどう繋がるのですか?」
これは聞いてもいいはずだ。
重い話のようで魔王妃は一つ深呼吸をしてから話し始めた。
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