第34話 「これが真実です」

 エミールはとことんみっともない。


 魔王は、はっきりと先ほどの問いを否定した。本当のことなのだから当たり前だ。なのに、『変な術を会得しているはずだ』などと言って信じようとしない。


 挙げ句の果てには勇者様に、『とっととこの悪の帝王を倒せ!』なんて命令している。


 ただ、その後の行動が問題だ。エミールはまた勇者様に洗脳魔術を使おうとしている。とはいえ、魔力はほぼないので作成出来るのはレベル一の簡単な術だが。


 魔王妃がそれを見て眉を潜めた。そしてエミールに向かって指を鳴らして見せる。


 これは魔王妃の魔術のかけ方だという事はもう俺も知っている。

 それにしてもずいぶん古くさいやり方だな。一体、魔王妃はこのやり方をどこで習ったのだろう。今は手の平全体を振るのが主流だ。


 それはともかく、魔王妃の術は完璧なのでエミールのちゃちな術などあっさりと無効にされる。


「わたくしに負けるなんてあり得ない、ですって?」


 おまけにエミールをあざ笑っている。表情は可愛らしいだけあって、やっている事がなんだか残虐に見える。ただ、術を無効化しただけなのに。

 ま、結果は俺も分かっていたけど。


「ほら、私は何一つ操作していないだろう? 魔力も何も感じなかっただろう?」


 魔王も分かっていたのだろう。勝ち誇って妃自慢をしている。本当にベタ惚れだ。


 とはいってもこれで終わらせる気はないようだ。魔王妃は一つ息を吐いて、厳しい表情になる。


「エミール、でしたわね。わたく……」

「おまっ! あの裏切り者!」

「……そちらが先にわたくしを騙したのです」


 なのに、待てを知らないエミールは魔王妃の言葉に割り込む。そして呆れられている。少し苛立っているように見えるのは気のせいではないはずだ。


「堂々と玉座に座りやがって! 僕らを見下して! 何だ! 王妃気取りか!」

「『気取り』ではないですよ。立派な『王妃殿下』です」


 呆れたせいでつい口から言葉が出てしまった。


「彼女は私の妃なのだから王妃然として当然だろう」

「レイカ殿下は神殿にも認められたこの国の正式な王妃ですわ」


 魔王とヨヴァンカ嬢も続いて加勢してくれる。助かった。ありがとうございます、と心の中でお礼を言う。


 そうやって言い返されたのが気に食わないのだろうか。エミールが呪文を唱えた。どうやら風魔術で魔王妃を玉座から叩き落したいらしい。


 いや、だからたかがレベル二の風魔術であの魔王妃をを玉座から叩き落とせるはずがないだろ!


 魔王妃もそれは同感なようで呆れたようにため息を吐いている。そして密かに術の準備を始めているようだ。


 エミールの術が届くか届かないかの時、魔王妃が指を鳴らす。風が勢いを増し、彼女の周りを回り始めた。

 何をしようとしているのか大体分かって顔が引きつる。


 魔王妃がまた指を鳴らす。それを合図に勢いを強くした風がエミールのところに向かって行った。


 エミールが『なっ!?』とか叫んで逃げ出そうとしているが、無理に決まっている。相手は魔王妃で、おまけに元勇者だぞ。


 逃げ出そうとするなんて彼女には予測済みなのだ。当然、エミールの周りに逃亡防止の結界が張られている。


 風は魔王妃の思惑通り、エミールを吹っ飛ばす。おまけに硬い結界の壁にぶつけられている。

 いい気味だ。


 結界が消えるとすぐに騎士がエミールを捕らえにやってくる。


「裏切り者め……」


 エミールが悔しそうに呟く。


「ですから先にわたくしを騙したのはアーッレ陛下ですと申し上げました。そしてアーサーさんを騙した一味にあなたがいますね、エミール」


 これは間違いなく糾弾だ。魔王妃の目には明らかに怒りがある。だが、そんな事がこの愚かな男に分かるはずがない。


「人聞きの悪い事を言うな。お前らは黙って魔王を倒せばいいんだよ!」

「何の罪もない魔族達をどうして倒さなければならないのでしょう? さっぱり分かりませんわ」

「魔族は存在自体が悪なんだ! だからその化け物を倒すというご立派な役目を譲ってやってんのに拒否するって言うのか!」


 うわ。本当にこのパーティメンバーはどうしようもないな。パオラといい、エミールといい。

 彼らは魔王を怒らせる事にはプロ級なのだ。


 その言葉が決定打になり、エミールはまた地下牢に運ばれていった。今度はもっと警戒の厳重な所に入れられるはずだ。

 さっきまで入ってたのは一時勾留のための牢だったからな。だからこそ、『わざと鍵を開ける』装置があったわけで。

 これから入る所にはそんなものはない。処分が決まるまで、エミールはずっとそこにいるのだ。


 エミールを連れた騎士たちが去ると、魔王妃は静かな目で勇者様を見る。


「これが真実です、アーサー」


 魔王妃の言葉が通訳魔術越しにヴィシュ語に聞こえた。ただ、どこか発音がたどたどしく聞こえる。勇者様の母国語ででも話したのだろうか。


 それだけ寄り添っていたのだろうか。それは広い意味では同郷の者に対する優しさなのかもしれない。


「こうして巻き込んでしまった事は申し訳ないと思っている」


 勇者アーサー様には魔王も怒りの感情はないようだ。同じく穏やかに声をかける。


「いいえ。あなたが謝る必要はないと思います、オイヴァ王」


 勇者も同じように静かにそう答えた。


 これは間違いなく『和解』なのだろう。


 そこまで大事にならなくてよかったとそっと胸を撫で下ろした。

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