第33話 勇者パーティの抵抗
やり切った満足感でいっぱいだ。ただ、再現した言葉が魔王妃の悪口だったから魔王がムッとしている。
言ったのはエミールだからな! 俺じゃない!
「救いようがありませんわね」
「そうだな」
魔王夫妻が静かにそう感想を言った。ただ、声が冷たい。やっぱり怒っているのだ。
——あとは魔王陛下のご命令通りにいたしました。きっと陛下の思惑通りになるかと。
その怒りが俺に向かって欲しくないのでとりあえず大事な話をテレパシーで伝えておく。
俺は、俺は命じられた仕事を全うしただけですから!
——そうか。わかった。よくやったな。……あとは時間の問題か。
魔王が満足そうに返事を返してくれた。ほっとする。魔王の怒りは買いたくない。今は特に。
「騙されませんよ!」
いきなりパオラが怒鳴った。みんなの視線が彼女に向く。
「パオラさん?」
魔王妃が訝しげに話しかけた。そりゃそうだ。
それにしてもこの場でその言葉を叫ぶのは勇気があるな、あの人。
「そ、そうやって私達を騙して何か悪い事をしようとしているんでしょ? エミールさんだって本当に生きているのかどうか私達には確認出来ないじゃないですか!」
だからエミールを心配する必要なんてないというのに、この人達はなんなんだ。
「私たちは真実を話しているが? どうしてそんなに私たちを疑う?」
「だってあなたは魔族じゃないですか! 人間みたいにまともな心を持っているかどうか分かりません! だって魔族って化け物でしょう?」
さすがの俺でもパオラがとんでもない事をやらかしたのは分かる。こんな大勢の前で、しかも謁見室で言っていい事じゃない。
もし、俺だったらもっと言葉を選んで自分に有利なように……という事が出来なかったからこうやって魔王の思い通りに『臣下』にされてしまったのだけど。
パオラの言葉を聞いて、魔王の目が冷たく細められる。周りにいる魔族達からも、かなりの怒気がパオラに降り注いでいる。
あーあ、もうパオラは終わりだな。魔王の事だからこれも計画のうちなのかもしれないけど。
「そんなに乱暴に扱われたいのならそうしてやろうか? エミールと仲良く地下牢にでも入っているといい」
魔王が冷え冷えとした声を出している。魔王妃も厳しい視線を彼女に向けている。
「正直、私はお前達がこの国の誰にも危害を加えなければ文句はないんだ。前回は……、レイカの時は彼女の仲間がみんなこちらについたから国民として迎えた」
そうなんだ。それは逆らえなかったの間違いではないのだろうか。いや、でもハンニやラヒカイネン男爵は魔族に悪感情は今は持ってないみたいだし。
実際に、当時どう思ってたのかっていうのはあまり聞いて来なかった。後でハンニと話してみよう。
「アーサー、お前は何も悪くないから元の世界に帰してあげよう。でもパオラは……」
そう考えている間にも魔王の怒りは続いている。パオラは床に座り込んでガタガタと震えている。そうなるくらいならあんな事言わなければいいのに。馬鹿なのだろうか。
それよりこの冷え冷えとした空気はどうしたらいいのだろう。
みんなが困っていると、勇敢にも飛び出してパオラの所に来た人がいた。元々は魔王妃の勇者時代のパーティメンバーで、パオラの職場の先輩だったエルッキという男だ。
「パオラ、魔王陛下はそんなに怖くないよ。今は公式の場だから厳しい態度とってるけど、普段はただの気の良い兄ちゃんだよ。部下の酒にも付き合ってくれるし。あんまり俺たちと変わらんからそんな警戒すんなって。とりあえずちゃんと謝れよ。な」
こそこそそんな事を大声で囁いているが、その言い方もどうなのだろう。
っていうか魔王を『気のいい兄ちゃん』なんて普通は言えないぞ。なんだこの人すごいな。
ただ、エルッキのその行動で凍った空気が溶けてきたのは分かった。もしかして、これが狙いなのだろうか。
落ち着いたかと思ったその時、扉の向こうから何人かの人が走ってくる音が聞こえた。
つい笑いそうになる。どうやら俺が実行した魔王の作戦は成功しているようだ。
ちらりと目線だけで魔王を見ると、目線だけで返事が返ってきた。魔王もどうやら気付いているようだ。
魔王と悪巧みしているのはなんだか複雑な気分だ。でも少しだけワクワクしている部分もある。
「止まれって言ってるんだ!」
そう言いながらも相手をこちらに追い込んでいるのが分かる。やっぱり笑ってしまいそうだ。
そうやって笑いを堪えていると、扉がすごい音をたてて開いた。
みんながそちらを見る。そこにはエミールがすごい形相をして立っていた。
エミールはまっすぐ魔王を睨んでいる。
「お前が魔王か?」
「そうだが?」
確認しているが、間違いがあるはずがないだろ。いや、影武者という可能性はあるか。
魔王とエミールがそんな最初の会話をしている間に、魔王妃が騎士たちに目配せをしている。間違いなく、何かあったら捕らえる準備をしておけって事だ。
「さっきウティレ・キアントに嘘を吐かれたんだ!」
いきなり俺の名前が出てきた。
でも、その言葉だけで大体何を言いたいのかは分かる。
「あんな小娘が僕を倒すなんてあり得ないだろう。お前が何かやったんだ! そうだろう?」
予想していた通りの言葉がエミールの口から出る。
お気の毒に。
そう心の中で嘲るように呟く。
エミールはこれから思い知るのだ。魔王妃が弱い存在ではないという事を。尋問時の俺のように、彼女を嘲った事を後々まで後悔するのだ。
何も知らないというのは、外から見ればとても哀れで滑稽なものなのだ。
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