第32話 パフォーマンス

「よく来たな、『勇者』アーサー。私はそなた達を歓迎しよう」


 魔王が満面の笑みを浮かべながらそんな事を言う。間違いなくこれは勝ち誇っている笑みだ。ただ、魔王妃と違うのは、魔王はそういう表情をしている事を自覚した上で見せているという事だ。


「はい?」


 対して、勇者様はぽかんと口を開けている。


「ここに来たという事は私と王妃に助けを求めに来たという事だろう?」

「え?」


 いきなり魔王が変な事を言い出した。勇者が魔王に助けを求めに来たとはどういう事だろう。俺にもわけが分からない。

 前に捨て駒云々と言っていたのと関係があるのだろうか。


「その前に一つ聞いてもいいですか?」


 勇者様は警戒心たっぷりという態度でそう言った。魔王が『どうぞ』と言って許可を出す。


「エミールさんはどうなったんですか?」

「……気になるのか?」


 勇者の質問に、魔王がよく分からないというように疑問で返事をしている。『魔王』と同意見なのは不満だけど、きっと、俺が魔王の立場でも同じような返答をする。あんな奴、気にする必要なんかない。


「大体、どうしてエミールさんを俺たちから離したんですか?」

「エミールはお前達にとって害悪だからだ」


 魔王の言葉にものすごく頷きたい。でも、我慢する。側近としては今は空気でいるべきだ。


 勇者様はよくわからないというように首を傾げている。いや、分かれよ。ずっとここに来るまであいつの暴言を聞いてきただろ。


 魔王は魔王妃に視線を向ける。つまり、これから魔王妃が説明するのだろう。同じ勇者だったからだろうか。


「エミールはヴィシュの国王の直属の配下で、勇者召喚の現実を知っているらしいのです。なのにこうやって貴方を操って魔王陛下を倒そうと企んでいた。だから引き離したという事ですわ」


 魔王妃が簡潔に説明している。声が冷たいのは、やっぱり彼女もエミールに良い感情は持っていないからだろう。

 分かる。いや、こいつらに同調するのもなんかやっぱり複雑だ。


「わたくし達にとってもエミールは『加害者』なのですもの。もちろん『被害者』であるアーサーさんとパオラさんを害する気はありませんよ」

「俺が……被害者?」

「被害者でしょう。勝手に呼び出されてやりたくもない『殺し』などをやらされそうになっているんですから。わたくしも同じ立場でしたからよく分かりますわ。アーサーさんも殺しなんか嫌ですよね?」


 同じ勇者だったからなのか、魔王妃はアーサー様に優しい調子で話しかけている。ただ、ヴィシュに対しての怒りは隠せていないのでどこか冷たく感じる。


 ヴィシュに対する怒りか。多分、これは魔王を簡単に殺せる剣の材料を取りに行った俺にも向かっているんだろうな。

 寝返ったとして、魔王妃にきつく当たられたりしないか不安だ。


「でもあなたは嫌とか言いながらエミールに何かをしようとしているではないですか」


 そんなにエミール大事か!?


 ついそう叫びそうになって堪える。


 魔王は相変わらず冷たい調子でエミールが生きている事を教えている。監視付きで会わせるとは言っているけど、きっとその前に会えるだろう。さっき俺が実行したあれにエミールがはまっているのだとしたら。

 ラヒカイネン男爵の後ろで誰にも気づかれないようにそっと冷たく笑う。


「ウティレ」


 いきなり魔王から声をかけられた。笑っている途中だったので一瞬ドキッとしたが、話の流れ的に今から何を聞かれるかは分かっている。


「エミールの様子はどうだった?」


 やっぱり質問はこれか。でもこれは問題なく答えられる質問だ。


「廃人になってました」


 素直に答えると、みんなからギョッとした視線が飛んでくる。あまりにストレートすぎたか?

 何だか勇者様から責めるような視線までもらってしまったけど、エミールを廃人状態にしたのは俺じゃない。いや、作戦会議には俺も参加したから、一枚噛んでいると言ってもいいかもしれない。


「どういう事だ?」

「どうやら魔王妃殿下に敗れた事が相当こたえていたようで。まあ、本人は魔族に負けたと信じ込んでいましたけど。俺がヴィシュにいた頃から『僕はこの国の最強魔術師だー』と馬鹿げた事をほざいていまし……あ、いいえ、何でもありません」


 馬鹿にしたような口調でペラペラと真実を暴露する。ちょっと恨みで軽くあいつの『変なプライド』の事も話してやった。


 ここで生きるしかないなら、もう逃げ道がないのなら、『ある程度害はない』と示しておかなければいけない。


 この場はそういう事を示すのに絶好の場だ。


 だから少しオーバーアクションで話したけど、やりすぎただろうか。みんながどこか引いている。


 でももう後には引けない。このまま行く!


「少しだけ会話をしてきたのでマシにはなっていますよ。ただ、その会話の中でエミールが勇者アーサー様に暗示をかけていた事は決定的になってしまいましたが」

「それはどういう……」

「本人が自慢していました。『暗示をかけてありますから魔王に寝返る事はないでしょう。きっと魔王を倒してくれます。そしたらさっさと逃げましょう。前の愚かな女勇者は裏切って魔王側にいるそうです。ぼくたちはもうこの失敗を繰り返すわけにはいかないのですよ。だから暗示をかけて魔王を殺せるように手助けをしたのです。何度も重ねがけしたから完璧ですよ!』」


 エミールの言葉をほぼそのまま伝えると、みんなはさらに引いた。やっぱりやりすぎただろうか。


 でも、あいつの嫌な所を示すにはこういう方法を取ったほうがいい。


 勇者様だってあいつに変な同情なんかする必要はないのだ。

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