第30話 現実
魔王に敬称などつけて呼びたくはなかった。だからずっと避けてきた。
なのに、口にするとこんなに簡単だった。
エミールは間抜けにもぽかんと口を開けて俺を見ている。なんだか滑稽だ。
「エミールさん、俺がここに来たのは貴方に確認をするためです。本当に勇者を魔術で操ったのか。それからいまだに魔王陛下に対して敵対心はあるかどうか。魔王陛下から聞いて来いと命じられたのです」
なるべく、冷たく聞こえるように声を出す、もう希望などないと突きつけるように。
「俺は魔王陛下によって生かされているのです。寝返る事を条件に侵入した罪を許していただける事になりました。だから魔王陛下を裏切る事は出来ません」
本当は逆らえないからしぶしぶ従っていたんだけど、そんな事はエミールは知らないし、知らせるつもりもない。
エミールの顔が見る間に真っ赤になっていく。
「お前も裏切ったのか!」
それに対して俺は冷静に無言で頷いた。
生きられるならどっちにつこうが構わない、というのが今のところの俺の本音だけど、そんな事は言わない。この会話は魔王達が聞いている。
エミールの言葉ですでに怒っているであろうあの二人をさらに俺が怒らせるなんて出来ない。
現実は十分に知らせた。エミールも怒っている。となると、多分、予想通りに動くだろう。
後は俺がその『手助け』をするだけだ。
魔法の仕掛けがあるボタンに自然な態度で触れる。これが『わざと』だなんてエミールに悟らせる気はない。
これも魔王の指示だ。俺にもこっそりされた命令だったから一部の者しか知らないのだろう。
これをしたらもうここには用はない。さっさと立ち去る。
踵を返そうとすると、顔が爆発するくらいの勢いで睨みつけてくる目が見えた。すごく滑稽だ。
せっかくだからもう一つ現実を教えてやろう。
「あ、そうそう。使う術を考えたのは俺たちですけど、実際に貴方の魔力を枯渇させたのは妃殿下ですよ」
「……は?」
さらりと爆弾を投下すると、エミールはぽかんとした顔をした。
呆然とするエミールから目を外し、今度こそ俺は踵を返して立ち去った。
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