第28話 声かけ(魔王妃視点)

「分かっているな? ウティレ」


 オイヴァがウティレに問いかける。

 ウティレはオイヴァを睨みながらも返事だけはきちんと『はい』と答えた。


 なんかめっちゃ目が好戦的だけど、大丈夫かな?


 これからウティレは勇者の仲間のエミールの所に行く。それは昨日の会議で決まった。


 でも、こんなに魔族に悪感情を持っていて、ヴィシュに帰りたいと切望している男をヴィシュ人に会わせていいのか、と心配になってしまう。


 しかもウティレが命じられているのはとても大変な仕事だ。オイヴァの判断で決めた事だから失敗はしないとは思う。でも心配だ。


 とはいえ、さっきまで私も大変だった。


 勇者パーティの他の二人からエミールを引き剥がすために、魔力を枯渇させて動けなくしなければいけなかったのだ。


 とはいえ、攻撃系の魔術を使うのも問題なので、軽いけど怪しい気配的なものを感じさせる事になった。


 これがまた難しい。使う魔術式はみんなで考えたけど、それを使って魔術を行使するのは私なのだから。

 あれは大変だった。逆に私の方が枯渇させられないように使う魔力量は調節しなきゃいけないし。


 ただ、勇者が邪魔してくる可能性もあったので、気をそらすために私の笑い声を聞かせて気をそらせた。そこはあらかじめ魔法で録音したものを流した。それはオイヴァにやってもらった。そこまで私がやったら確実に魔力が枯渇するから。

 ウティレの助言でライブ音声に聞こえるように時々休憩的なものを挟む演技的なものを入れてみたけど、うまく騙せてただろうかというのは今でも気になっている。

 まあ、とにかく、きちんと気はそらせたからよかったけど。


 その後で勇者に会った。勇者の召喚を魔法で覗き見て知ったけど、彼は魔王を殺し、魔王妃を生け捕りにするように洗脳をされていた。


 本当にヴィシュ王国は異世界人を何だと思ってるのかと文句を言いたい。馬鹿にするにもほどがある。


 と、いうわけで私はその洗脳を解かなければいけなかった。洗脳を解く魔術は難しいので、私の魔術教師であるお偉い魔導師様が考えてくださった魔術式を使ったけど、やっぱりその魔術を行使するのは私なので、すごくドキドキした。


 全部成功してよかったけど、本当に大変だった。


 多分、今の私は表情を取り繕えていない気がする。とは言っても、疲れは顔に出さないようには気をつけているけど。


「今日の段取りは分かっているな? ウティレ」

「はい」


 オイヴァの確認に、ウティレは固い表情で答えている。寝返ったとみなす、とはなっているけど、内心ではいろいろ複雑なんだろうな。


 これから本気で彼が寝返るかは私達の努力次第なんだろう。オイヴァがあんな脅し方をしたから恐怖で逆らっては来ないとは思うけど。


 ただ、私達は本気でウティレにあの剣を使うつもりはない。

 と、いうか剣の魔術は私が洗脳と一緒に解いてしまった。もし、本当に『ウティレを殺す剣』になっていればオイヴァは安全だけど、万が一そうなっていない可能性もあったし、それ以前にあんな最悪な目的にしか使えない剣は『ただの剣』にしておいた方がいい。その方が精神衛生上安心だ。


 ウティレにはエミールに『勇者を洗脳した事』を白状させるのも命じてある。


 裏切る云々の心配さえなければ、ウティレはうまくやると思う。尋問の時、ウティレはどうやら口調を使い分けているようだった。隠密系の仕事もやっていたというし、そういうことは得意なはずだ。

 それに比べて、エミールは見た所ではただの単純バカみたいだし、ペラペラと喋りそうだ。


 きっとこの仕事は成功する。


 あとは……。


 ちらりとウティレを見る。まだ警戒心たっぷりで私たちを睨んでいるウティレを。


「心配はいりませんわ、ウティレ。わたくしたちはきちんと見ていますから安心して行って来て頂戴」


 とりあえず彼が緊張していると勘違いしているふりをして優しく声をかけた。オイヴァも気さくな態度を取っていたし、これから魔術師としての部下になるんだからこういう歩み寄りも必要なはず。


 なのに、それを聞いた途端に、ウティレがびくりと震えた。


「わ……かりました」


 何故か怯えた表情になってしまう。


 私、励ましたつもりなんだけど、何か間違えたかな?


 どうしよう、とオイヴァを見上げる。とは言っても戸惑いの表情は出しちゃいけない気がする。王宮魔術師としては上司になるんだし、舐められるのは困るから。


 オイヴァが『大丈夫』と言うように微笑んでくれた。きっと後で何とかフォローしてくれるんだろう。助かる。


「では行ってまいります」


 ウティレはまだ若干怯えたまま、騎士のゴスタを伴い、エミールの所へ向かって行った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る