第25話 話し合い

 魔王に連れて行かれたのは王宮魔術師の会議の場だった。


 なんかものすごく場違い感がある。その証拠に魔王妃が——彼女も王宮魔術師の一員なのだそうだ——『なんでこいつがここにいるの?』というような厳しい視線を向けてきた。本当に表情がよく出る女性だ。そして実年齢を知ってもなお子供に見える。


 それ以外にはラヒカイネン男爵とその嫡男のユリウス様、そしてご令嬢のヨヴァンカ様がいる。


 どうやらこの国の王宮魔術師は出来たばかりの役職らしい。


 魔族は魔術ではなく、『魔法』というものを使うそうだ。なので『王宮の魔法使い』はいるが、主に勇者やヴィシュの対策のために新たに『王宮魔術師』というものを作ったのだという。


 もしかして、俺がここに呼ばれたのってなのだろうか。俺はまだ魔術師としては未熟だが、仲間に入っていいのだろうか。

 内心でそう心配しながらも話し合いに参加する。


 どうやら勇者パーティにエミールがいるのは本当らしい。ついてきてよかった、と思う。


「エミールね……」


 ヨヴァンカ嬢が話しを聞いてため息を吐いた。ハンニは今までの事を思い出したのか震えている。


 本当にこの話し合いにハンニを連れてくる必要はあったのだろうか。腹が立つ。おまけに俺をおびき出す材料にしやがって。


 怒りを込めて魔王を睨んだ。が、すぐにその視線を魔王妃に気付かれる。


 やばい。見張りの騎士の話では、ここでの一番の権力者は彼女だ。この女の機嫌を損ねたら大変だ。


「ウティレ、何か気になる事でもあって?」


 話しかけられた。


「いえ、何も」


 警戒しつつ、答える。


 それにしても『魔法』の映像で見る、新しい勇者様——アーサーというらしい——の旅の様子は酷い。エミールが終始怒鳴り散らしている。


『お前みたいなひ弱な女が勇者パーティにいるなんて情けない。陛下も何を考えていらっしゃるのか』

『エミールさん、言い過ぎだよ』

『うるせえ! 勇者様だからって偉ぶってるんじゃねえぞ、じじぃ!』


 聞こえてきた会話にため息を吐きたい。勇者様にまでこんな態度をとるなんてどういう事だよ。『じじい』とか言っているし。

 いや、魔王妃を『ガキ』呼ばわりしていた俺が言う事じゃないか。でも、俺は直接本人には言ってない。


「魔術師長、エミールはいつもこんな感じなのですか?」


 魔王妃がラヒカイネン男爵にそう聞いている。


「そ、そうですね……結構……乱暴……ですね」


 男爵はハンニの方を気にしつつ答えている。どうやらヴィシュ王国の魔術師の上層部にいた方々も事情は知っていたらしい。だったら止めてくれればよかったのに、と思ってしまう。

 これで空気を読んでこの話題をなんとか抑えてくれればいい。少なくともハンニの前では。


「ハンニと何かあったの?」


 と、思ったのに魔王妃がしっかりと尋ねてしまった。なんて奴だ。空気が読めないのか。それともやはり性格が悪いのだろうか。


 魔王が一つため息を吐いた。


「ハンニ、話してくれないか? お前はエミールとやらと関係があるんだな?」


 夫婦揃って何を考えているんだ! と怒鳴りたくなる。


「陛下、それはあまりにも……」

「あの男の策にはまるな、ヨヴァンカ」


 たまりかねてヨヴァンカ嬢が魔王に意見を出す。だが、あっさりと叱られてしまっている。


「今のお前たちの行動で大体わかる。今回の勇者パーティの人選は間違いなくハンニを動揺させて、こちらの仲間割れを狙っているのだろう。お前達がまんまとはまってどうする!」


 『あ……』とユリウス様が呟くのが聞こえる。悔しいが、そういう策なら魔王と魔王妃が厳しいのは分かる。


「とにかく話してくれないと何も始まらないだろう。ハンニを勇者たちの前に出すか否かもそれで決める」

「では、出さない可能性もあるんですか?」


 魔王の言葉に驚いてつい口を挟んでしまった。


 先ほどの流れだと有無を言わさず、ハンニをエミールの前に出しそうな勢いだったと思ったが、違うのだろうか。


「ハンニは魔術師見習いとはいえ、立派な王宮魔術師の一員なんだ。みんなこの国に必要なんだ。だから保護をしている。分かるか?」


 戸惑う俺に魔王がしっかりと説明をしてくれる。ハンニはこの国でそれほど重宝されているようだ。いや、でもきっと大切にされているのは……。


「でも見張りが、最近の魔王は魔王妃贔屓だって……」


 そう反論する。


 どうせ綺麗事を言ったところで実際は魔王妃のわがままを聞いているだけなのだ。それでハンニ達が保護されているのはありがたいが、本音を言って欲しい。


「お前たちの保護がこの国のためにならないのなら、いくら王妃の願いだったとしても聞いてやるものか」


 だが、帰って来た返事は俺が予想もしない事だった。いや、国王としては間違っていない。でも魔王がそんな考えをしているなんて思わなかった。


「大体、この国に残って私と結婚して欲しいという無茶苦茶な願いを聞いてくれたのはレイカの方だ。彼女がここに残る選択をすることのメリットよりデメリットの方が大きいだろう。それを知っていて私は彼女を引き込んだ」


 魔王が真面目な顔でそう言う。少し自嘲しているようにも聞こえる。


「だから、ウティレ、お前の部屋でも言ったが、きちんと寝返るのならお前の安全は保証する。ヴィシュの事を知っている味方が増えるのはいいことだ」


 みんなの前で改めてはっきりと言われてしまった。

 『きちんと寝返るのなら安全は保障する』という事は、今、寝返らなければもう俺の未来はないという事だ。きっと、これは俺を試す最後の試練なのだ。魔王妃は表情を取り繕うのが下手だから睨むような形になったのかもしれない。


「さっきから王妃様が厳しい目で見てきたのはそういうことかよ」


 思わず、そう言葉が漏れた。


 こうやって少しずつ味方にさせられるのだ。逃げ道は本当にない。


 俺の話が落ち着いたのを見て、魔王が話を戻す。


 ハンニは辛そうな顔でエミールにされた事をみんなに話している。ついでに俺に助けられたという事も話している。

 でも、俺は守ったとは言っても、眉を潜めたり、偶然を装って話しかけたりしてただけなんだけどな。そんなに感謝されるほどの事はしていない。


「それでハンニはどうしたい?」


 ハンニが話し終わると、魔王が優しそうな口調で問いかけた。でも、その続きにあるのは絶対に優しいものではない。


「自分は今、魔王に保護されて幸せに暮らしていると、エミールに直接言えるか?」


 続いた言葉に、『ほらやっぱり』と思ってしまう。ハンニは、当然だが、嫌だ、というように震えている。


 さすがにこれを命ずるのは良くないと思ったのだろう。魔王が『分かった』と言って提案を引っ込めた。内心ほっとする。


「ではウティレ、お前が生きているということを教えよう。協力してくれるか?」


 だが、矛先がこちらに向かった。つい『え゛……?』と嫌そうな声を出してしまう。


 俺だってあいつとは関わりたくない。


 とはいえ、受けないという選択肢はない。

 魔王はきっと最初から俺にこういう事を命ずる予定だったのだ。どうせ俺が嫌がるのならハンニが行くしかないがどうする? とか言うのだろう。

 ハンニを餌にしやがって。本当に腹が立つ。


「ウティレ、わたくしは王宮副魔術師長なのですよ」


 魔王妃が安心させるように言ってくる。だから私の思い通りに命じられるのだ、とでも言うつもりか。魔王まで頷いているし。


「……分かりました。私がエミールと話してまいります」


 なので、素直に命令に従うしかない。


 もう完全に魔王達の思う通りに動かされてる気がする。諦めるしかないのだ。


 俺は出そうになったため息をそっと堪えた。

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