第24話 罠
ハンニが来たのはそれから三日後だった。ほっとして出迎える。
「ここ数日、忙しくてなかなか来れなくてごめんなさい」
その言葉に苦笑する。
「『忙しい』ねえ。新しい勇者様が召喚でもされたの?」
確信を込めて尋ねる。ハンニが息を飲んだ。
「……どうしてそれを?」
訝しげに尋ねてくる。そりゃあそうだ。牢の中にいる俺がそんな情報を簡単に得られるわけがない。
「この間、ここに魔王が来て少し話しをしたんだけど、その時にそんな事をほのめかされた」
「陛下が……?」
意外そうな声でそう言う。そして『まだ一部の人しか知らないのに』と呟いている。
「その『一部の人』に入れてもらったんじゃないのか? 俺は」
さらりと言う。
本当は勇者の剣を盾に脅されたからだ。そしてその脅しは実際に剣が存在する場合のみに有効である。だから勇者様が来たのは間違いないと思っていた。
でもそんな事は言えない。もし、それを知った事でハンニが魔王に反感を持ったら、俺が危険にさらされる。
「とは言っても、勇者様に接触する気はないから安心して」
それだけは言っておく。間違いなく魔王は聞いているだろうから。
脅されている以上、余計な行動は取れないし、取りたくもない。
とはいえ、心配している事の一つが解決したのは本当にありがたい。俺のせいで罪のない人達が犠牲になるなんて我慢できない。
だが、これでこれは俺個人の問題になってしまった。
「寝返り、か……」
ポツリと呟く。途端にハンニが期待するような目で見てくる。俺は慌てて訂正するように手を振った。
「まだ決めてないから。もう少し考えさせてくれよ」
「もう一ヶ月経ってますよ」
「分かっているよ。分かってる」
ハンニに言われなくてもきちんと考えてる。ただ、大きな『理由』を潰されたのが三日前なのだ。だからまだ決心がつかないのだ。
そういう事だ。
そう考え、心の中でうんうん、と頷く。
とはいえ、自分は納得してもハンニにはわからないので俺が優柔不断に見えるのだ。いや、実際に俺は優柔不断なのかもしれないけど。
でも、これは人生を左右する大事な問題だし、そんな簡単には決められない。
「そういえば魔術師長とも会ったんですよね」
ハンニが話題を変えてきた。ありがたく乗っかる。
そうしてこの間のことを話す。さすがにラヒカイネン家に伝わっているらしいあの事は黙っておいたが、他の事は軽く話した。
まだ、その事で混乱している最中だという事も。
「だからもうちょっと待って欲しい。今、色々考えてるから」
自分もとても複雑なのだという事はこれで伝わるだろう。
でも、ずっと気にしているからか、先ほどの話題に自分で戻してしまった。複雑な気分になる。
「それで、ハンニは最近は……」
俺が別の話題を出そうとした時にノックの音がした。
珍しい事もあったものだ。俺は囚人であり、罪人だ。その俺が入れられている牢の扉をノックするなんて聞いた事がない。
ハンニも不思議そうな顔をする。
とりあえず、『はい』と返事をした。
「ハンニはここにいますか?」
そして返ってきたその言葉に思わずハンニと顔を見合わせてしまう。
本当に未だかつてそのような事はなかった。
います、と言うと、一人の魔族が入ってくる。
勇者の事でハンニに呼び出しがかかっているようだ。つまり緊急の仕事だ。
と、なると囚人である俺に引き止められるわけがない。寂しいが、今日の『面会』はここまでのようだ。
「どうかしたんですか?」
「勇者パーティメンバーの一人がハンニと面識があるようで、あなたからも話が聞きたいと陛下がおっしゃっております」
「知り合い? 誰の話ですか?」
「はい。エミールという名前だとだけ聞いております」
「エミール!?」
ハンニが息を飲む。でも、それより先に反応したのは俺だった。思わず椅子から立ち上がってしまう。
エミールは魔術師としては、俺たちより位の高い人だった。魔術の実力もかなりある。
そのせいか、エミールはそこらじゅうで威張り散らし、弱いものいじめをしていたのだ。
その主な標的になっていたのがハンニだ。
俺も何度かその現場を見かけた。暴力を振るったり、暴言を吐いたりしているところを。
せっかく兄の暴力から俺は逃げてきたのに、ここでこんなものは見たくなかった。
だから、しっかりと不愉快を表明してそれを止めて来た。兄の暴力は怖いけど、エミールは全く怖くない。彼の暴力は、身分の高い自分には向かないから。いくら魔術の実力がものを言う場でも身分の差には勝てないのだ。
俺も彼に嫌われているのは感じたが、何もされないので問題はない。
そのエミールの事を魔王はハンニに思い出させようとしている。そんな事を許せるはずがない。
ハンニは諦めたような表情で立ち上がる。そうして足を震わせながら辛い仕事に向かおうとした。
きっと、兄さまに呼び出され、部屋に向かう時の俺も似たような雰囲気で……。
「待ってください!」
そんなハンニを見て、つい、声が出てしまった。
ハンニを呼びに来た魔族と、ハンニの動きが止まる。
「何ですか?」
「私もそこに同行させてはいただけないでしょうか?」
「え?」
魔族は訝しげな目で俺を見る。
「エミールの事なら私も知っています。私でも話せる事はあるでしょう」
自分は余計な事を言っているのだろう。それは分かる。でも、こんな事を放っておくわけにはいかないのだ。
「もちろん話が終わったらここに戻ってきます。決して逃げようとは思っていません」
これはきちんと言っておく。変な勘ぐりをされるのはごめんだ。
魔族は何かを考え込む。そうして彼の魔力を動かした。人間のものとはまた違った魔力だ。魔王からも似たような魔力を感じたので、魔族特有の魔力なのだろう。
しばらく魔力を動かし、魔族は俺に向き直った。
「許可がおりました。お連れいたします」
ホッとする。これでまたハンニを守ってあげられる。あんな風に足を震わせなくてもいいのだ。
ハンニを安心させるように優しく微笑みかけてから、一緒に魔族についていく。
部屋に入ると、魔王が座っているのが見えた。
三日前に脅された時以来だ。
でも、問題はない。俺はエミールの話をしに来ただけだ。
「よく来たな、ウティレ」
魔王はハンニには声をかけず、まっすぐに俺を見て話しかけてくる。そして冷たく口角を上げた。
どうしてそんな歓迎をするような口ぶりをしているのだろう。そう考えてはっとした。
——牢から出たら寝返ったとみなす。
そういえば魔王はそんな事を言っていた。
つまり、こうすれば俺が牢から出てくると思われていたのだ。
きっと、魔王は掴んでいたのだ。エミールと俺たちの関係を。エミールがハンニをいじめていた事も、俺がそれから守っていた事も。その理由も。
これは最初から全部、魔王の計画のうちだったのだ。
俺はがっくりと肩を落とした。
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