第21話 魔王の訪問
今日も来なかったな。
窓から暗くなっていく空を眺めながら俺は心の中でそう呟いた。
一ヶ月ほど三日と開けず面会という名の説得に来てくれたハンニが、ラヒカイネン侯爵、いや、男爵の訪問があってからずっと来ないのである。
もう一週間にもなる。一体何があったのだろう。
あの説得には複雑な思いを抱いていたが、来てくれる事自体は嬉しかったのだと来なくなってやっと分かった。
ラヒカイネン男爵の訪問について話したいとも思っていたのに。
俺の説得に失敗したとして処罰、されてはいないよな。いないと思いたい。
そういう風に心配しているうちに夕食の時間になってしまった。
今日は見たことのない料理が目の前に置かれる。
メインの揚げ物はカツレツだろうか。それにしては分厚いような。それに卵のソースらしきものがかかっている。
付け合わせてあるのは米というものか? 実物は初めて見た。ただ、付け合わせというには分量が多い気がする。むしろ、米の上にカツレツが乗っている感じだ。
侍女によると、どうやら王妃の故郷の料理を少しアレンジしたものらしい。試食として今回の俺の夕食になったとか。
あのガキは何を……。あ、いや、年上だったよな、あの人。
本当にあの人が何を考えているのかさっぱり分からない。
きちんと今日も食前のお祈りをしてからナイフとフォークを手に取る。
このナイフやフォークは食事の時にしか使えないようになっているそうだ。そりゃあそうだ。いきなり囚人がナイフを持って襲いかかってきたら大変だもんな。
どういう魔術式を使って制限をしているのか気になるけど、調べられない。だから魔力を封じられてるのは嫌なんだよ!
ただ、食事をする分には問題ないので大人しく使う。
見た目もそうだけど、食べたことのない味だ。カツレツのソースが濃いめなので、米と合わせて食べる。ふわふわの卵がたまらなく美味しい。
そうして、前よりは速いペースだが、のんびりと食事をとった。
食べ終わってから侍女が感想を聞いて来たので素直に答える。ここで抵抗してもどうしようもない。
そんな時にドアが開いた。いつもは誰かが『面会者です』と言ってくるのに直接入ってくるのは珍しい。誰が来たのだろう。
訝しげに顔を上げてギョッとする。目の前には魔王が立っていた。
「ま、魔王陛下! このような所に!」
侍女が慌てている。気持ちはすごく分かる。
なんで魔王がここにいるのだろう。ここは貴族用とはいえ牢屋だ。普通、用があるなら呼び出しだろう。何でこっちに来てるんだ。俺を外に出すと問題なのだろうか。
「久しぶりだな、ウティレ」
「ご無沙汰しております。何か、私にご用でしょうか?」
隙を見せたくないので、所作に気をつけて返事をする。それでもやはり『魔王陛下』と呼びたくないので呼ばないようにした。俺の言葉の後に魔王が軽く笑ったので気づかれたのだろう。
ああ、腹が立つ!
「執務の合間を抜けて来たから、こんな時間になって悪かったな」
絶対に悪いとは思っていない態度でそんな風に謝罪をする。
どうせ拒否権などないんだろう。
「私に何かご用でしょうか?」
もう一度同じ事を聞く。
「お前と話がしたいと思ってな」
俺は刺客だったから信用は出来ないのだろう。厳しい声でそう言われる。
魔王と、今、話す事はない。いずれは話すだろうが、今はまだ話をするには早い気がする。
ただ、俺は囚人なので拒否権はない。
とりあえず当たり障りのない話をして帰ってもらおうか。それか、魔王妃と話してみたいと言うべきだろうか。
「傷跡を返してください!」
なのに、自分の口から出たのはそんな言葉だった。魔王が息を飲む。そう言われるとは思っていなかったようだ。
自分でもどうしてそんな言葉が出てきたのかは分からない。でも、無意識に出てきたのなら、やはり俺はそれを気にしていたのだろう。一ヶ月少し前に消されてしまった虐待の証拠を。
でも、今はそんな事を言っている場合ではないのに、どうしてこんな事を言ってしまったのだろう。
「それは出来ないな」
魔王が冷たい声で俺の要望をバッサリと切った。
それはそうだろう。でなければ最初から消したりはしない。
でもそれは分かっていても納得は出来ない。
「どうしてですか!」
なのでつい怒鳴ってしまう。
「お前の傷跡を見てマルギットが気絶した。それほど酷い傷跡だった。そんなものを体に残している必要はないだろう」
そう言って侍女の方を見る。彼女の名前はマルギットと言うらしい。確かに傷跡を見るたびに気絶していたら問題だ。仕事が出来なくなる。
でも、だったら着替えを手伝わなければいいのでは、と思うが、何かを隠し持ってたりしていないように警戒されているのだろう。いや、この牢屋に何も武器として隠し持つものはないが。
でもやはり不満ではある。
「傷跡の記録は魔法映像として残してある」
魔王が思いがけない事を言った。つい、『え?』と返してしまう。
「年代別にして残した。見たければいつでも見せてやる」
何でもないように言われる。
「そうですか」
そうとしか答えられない。どう言っていいのか分からないのだ。
「見たいか?」
「……いいえ、今は」
そう答えるので精一杯だ。
俺は魔王の前でしばらく黙り込んで俯く事しか出来なかった。
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