第19話 国を出た理由

 確かに、これは愚かなことなのかもしれない。おまけにそんなことに俺が巻き込まれたなんて考えたくもない。

 でも、なんだかもやもやする。


「それでも国を捨てるなど! おまけに魔族側につくなど! そちらの方が……!」


 つい思った事をそのまま言ってしまった。途中でやばいと思って口を閉じる。


「取り乱してしまいました。申し訳ございません」

「いいんですよ。まだ混乱していらっしゃるのでしょう」

「そうですね。認めたくもありませんし」


 これはきっぱりと言った。自分が、死ぬためにこの半年間必死に頑張って生きてきたなど認めるわけにはいかない。

 それに、自分たちがそれだけの存在だと思われていたというのは不愉快だ。


 落ち着くために思い切り息を吐き出す。またラヒカイネン男爵が同情的な目で見てきた。


「確かに、ヴィシュ側には私たちの方が愚かに見えるのでしょう」


 ラヒカイネン男爵が話を戻した。これには『はい』とは答えられない。思ってはいるけど。

 だが、何も答えないので、男爵には分かってしまったかもしれない。


「しかし、実力があり、未来のある若者をこんな事に使うようでは、国の未来はないとは思えませんか?」


 しっかりと俺の目を見据え、そう言ってくる。


 それは『捨て駒』の話が本当ならそうなのだろう。優秀な魔術師を多く輩出するラヒカイネン家のヨヴァンカ嬢は当然の事ながら、ハンニも特別な才能を見出されたというし。


「だから国を出たと?」

「はい」


 はっきり言った。でも、理由はそれだけではない事は分かる。出るとはっきり決めたきっかけがそれだという事だ。


「元々、私は勇者召喚には反対していました」


 男爵はゆっくりと話し出す。大事な話だと分かるのでこちらも静かに聞く事にする。


「キアント伯爵令息も薄々は気づいているのでしょう?」

「何をでしょう?」


 何を言っているのか分かっていてとぼける。


「侵略したいのはヴィシュ側だという事を」


 でも、それを男爵は許してくれない。はっきりと言われてしまう。


 もちろん薄々は気づいている。俺の聞かされてきた話と『真実』はかなり食い違っている。それは最初の尋問から始まっていた。

 悔しいが黙って頷いておく。


「前からご存知だったのですね? ラヒカイネン侯爵は」


 あえて『侯爵』という言葉を使う。俺がそう言った意味を分かってくれたのか、今度は訂正しない。


「ラヒカイネン家の人間が前にも勇者と関わり合いになった事がありまして、その時の話が代々伝わっております」

「そうなのですか」

「ええ、これはヴィシュ王家の方も知らない話でして」


 思いがけない言葉に『え?』と声が漏れる。

 つまり、ラヒカイネン家は勇者の大事な話を王家に報告していないという事だ。


「そ、そんな話を私が知ってもいいのですか?」

「今の貴方は知るべきだと思います」

「寝返るために、ですか?」


 つい皮肉げな言葉と表情が出てしまう。


「そうでなくても知るべきだと思います。この件に巻き込まれた貴方は。寝返るかどうかはそれから判断しても遅くはないでしょう」


 ここまで言われては聞くしかない。しっかりと姿勢を正す。元々正してはいるけど、改めて、だ。


「その先祖、キェッルも、ヨヴァンカのように勇者のパーティのメンバーになって魔王を倒しに行ったのです。その時は勇者は不運にも魔王討伐を成功させてしまいまして」


 言い方、と言いたくなる。成功が『不運』って……。

 失礼にもほどがある。


「それに喜んだ当時の国王の側近が助長しまして、魔王一族を壊滅させよと改めて勇者様に命じたそうです。それも上から目線で。もちろん、勇者様は拒否をされました。元々魔王を殺せば終わると聞かされておりましたので」


 それでその側近と勇者は口論になったという。そこで側近が侵略しているのはヴィシュ側なのだとはっきりと認めたそうだ。

 つい顔を引きつらせてしまう。やはり幼少期から授業などで聞かされてきた魔族の脅威の話は嘘だったのだという事だ。


「言ってしまった事の口封じもあったのでしょう。側近は勇者様を毒殺しようとしまして、それをキェッルが止めたそうです」

「止めた?」

「はい。部屋にあった壺を側近の頭に振り下ろしたそうです」

「壺を頭に振り下ろした……」


 先ほどからおうむ返ししか出来ない。あまりにもとんでもない話すぎて。


「それでキェッルは必死で他国に勇者様を逃したのです」


 その話が代々ラヒカイネン家に伝わっているらしい。


 つまり、キェッルという男は他国から家族に連絡したという事で、それをラヒカイネン家が隠蔽した、と。


 頭が痛くなってきた。もうこれこそ嘘だと言って欲しい。


「えっと、と、いう事は、ラヒカイネン家は代々勇者反対派で?」

「はい。もちろん」


 もちろん、ですか。そうですか。


 頭を押さえて、はぁ、とため息を吐いた。とても無礼だけどそんな事を考えている余裕はない。


「反対だという事は何度も国王陛下に言いました。だからこそでしょうかね、今回、ヨヴァンカがパーティメンバーに選ばれてしまったのは。私の頭を抑えるつもりだったのでしょう。それが分かったから一家総出で国を出たのですよ」


 そう言うラヒカイネン男爵の目はとても強く鋭く、いろんな思いが感じ取れる。俺はそこから目が離せなかった。

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