第18話 捨て駒

「ハンニ、ラヒカイネン侯爵に面会する事ははできないのかな?」


 動くと決めた次の日、俺は『面会』に来たハンニにそう頼んでみた。


「魔術師長にですか?」


 訝しげに聞き返してくるハンニに、俺はあえてにっこりと微笑みかける。


 ハンニはきっと、どういう風の吹き回しだとでも思っているのだろう。


 何をするにしてもハンニの話だけでは情報が足らなさすぎる。だから他の人の話も聞いておきたい。

 今は魔族側について、ヴェーアル王国の王宮魔術師長をしていたとしても、同じ上流貴族だったラヒカイネン侯爵なら適任だろう。


「もちろん、魔王の許可は必要なのだろうけど」


 それは分かってますよ、と伝えておく。ハンニにではない。この会話を間違いなく聞いているであろう魔王に対してだ。


「どうしても、一度話がしておきたいんだ。俺もずっとこのままではいけないと思うんだよ」


 穏やかな表情を浮かべてそう言う。それを聞いてハンニは嬉しそうな顔になった。


「分かりました。一度話を通してみます」

「ありがとう、ハンニ。恩にきるよ」


 俺が少しでも『寝返り』に積極的になったとでも思っているのだろう。まだ、そこまでは考えてはいない事は胸に秘めて、俺はもう一度にっこりとハンニに笑いかけた。


***


 俺がこう動く事を魔王は予測していたのだろうか。話をした次の日に、ラヒカイネン侯爵が牢にやって来た。


「ご無沙汰をしております、ラヒカイネン侯爵。本日はお時間をいただいてありがとうございます」


 丁寧に挨拶をする。侯爵が気分を害さないように気をつけなければいけないのだ。この人は、俺が失礼な態度をとったくらいでさっさと帰る事はないだろうが、念のためだ。


「キアント伯爵令息、私はこちらでは男爵位を頂いております。もう侯爵ではございません」

「そうですか」


 ふーん、と冷たく心の中で呟く。こちらで爵位をもらっているという事はもう本当にラヒカイネン家は魔族側に着いたのだという事だ。


「随分と大きな決断をなさったのですね」


 つい皮肉げになってしまう。別に俺はこの人に喧嘩を売りに来たわけではない。

 でも、頭の中に浮かぶ質問は、『どういうつもりでこんな事をなさったのですか?』とか、『ヴィシュ貴族として恥ずかしくはないのですか?』など彼を責めるものばかりだ。これではいけない。


「ええ、大切な末娘を捨て駒にするような国などに一分一秒ともいたくはなかったので」

「……は?」


 ついそんな言葉が漏れる。


 ラヒカイネン家の末娘といえばヨヴァンカ嬢の事だ。


 もしかして、もしかしなくとも、彼の言う『捨て駒』というのは勇者パーティメンバーの事だろうか?

 敵方についたからといってそんな言い方はないだろう。


「お言葉ですが、その表現はあまりに酷いのではないのですか? 


 さすがに腹が立ったので少しだけきつい声になってしまった。


「いいえ、実際、勇者パーティというのはそう言う存在なのですよ」


 俺の嫌味は聞かなかったかのように平然と言ってくる。


「死ぬ前提で送られる存在が捨て駒でなく何なのでしょう?」


 どうやら意見を曲げる気はないようだ。それでも、俺は同意は出来ない。理屈では分かるのだ。でも、認めたくはない。


 そして、ハンニがずっと口ごもっていた事はこれだという事も分かる。

 これは口にしたくなどない話だ。俺だってハンニの立場だったらきっと言うべきか迷ってしまう。


 もっと、ハンニに優しく接するべきだっただろうかと心の中だけで反省をした。


「厳しい事を言うようですが、貴方も今回、似たような目的でここに送られたのですよ」


 その言葉に顔が引きつる。ハンニに同情している場合ではなかった。


「……つまり、私達が死ぬことで他国に魔族を非難させるために?」


 それだけの為に自分達はここに送られた。そんな事があっていいのだろうか。


 ラヒカイネン男爵は頷いて俺の言葉を肯定する。


「ヨヴァンカも貴方も高位貴族です。そういう目的に使うにはちょうどいいと思われたのでしょう。こちらとしては『愚かな事を』としか思いませんが」


 なんと言ったらいいのか分からず、静かに俯く。そんな俺の様子を見てラヒカイネン男爵は同情するような表情を浮かべた。

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