第17話 誕生日

 あれから一月近く経った。


 でも、俺はまだ投獄されている。まだ『寝返って』ないからだ。


 魔王はまだ俺を寝返らせる事を諦めてないようだ。ハンニはあれからも時々俺に会いに来る。名目は話し相手だが、『説得』の続きなのは間違いない。

 普通に今の生活の話をしている中で『どうかウティレ様も』と言われた事は一回や二回ではない。

 今の所はしっかりとつっぱねているが、これは俺が諦めるまで続くのだろうか。それとも向こうが諦めて俺を処刑するのが先か。


 それにしてもあれから一ヶ月近く経つけど、魔族達はしびれを切らした様子はない。内心苛立っているとしても嫌がらせなどはされないようだ。食事に関して言えば、分量が毎回少しずつ増えていたくらいだ。今は普通の分量の食事が出ている。


 今考えれば、最初のあれも嫌がらせではなく、俺の食欲を分かって出していただけかもしれないとも思っている。あの頃はそれでお腹がいっぱいになったのだ。最初がポタージュだった理由はまださっぱり分からないが。


 それでも、これから魔族達の態度がどうなるかは分からない。これから酷い目にあうのかもしれない。


 あれからハンニにはいろんな話を聞いた。話す途中で時々言葉を濁す事があるのは気になるが。それもヴィシュに関する話をする時にばかり。


 ハンニはどうやら予言の力が強いらしい。それでその力を伸ばすために修行をしていると言っていた。魔王はそれに期待しているらしくわざわざ魔術大国であるミュコス国から彼の師となってくれる人を呼んだという。


 こちらでの生活は悪くはないと言っていた。魔族達はそこまでハンニ達人間にひどい態度はとっていないそうだ。もちろん、ハンニ達をよく思っていない魔族もたくさんいるが、態度には出してないという。


 そこは魔王の目がしっかりと光っているからなのだ。見張りの騎士が一度口を挟んだが、どうやら魔王は魔王妃をかなり大事にしていて、『魔王妃贔屓』状態なのだそうだ。彼女の望みなら何でも叶えてしまうという。


 それは一国の王としてどうなのだろう。


 うちの国王陛下が愛妾たちをを侍らせているのとは意味が違うだろう。ただ、あれはあれで問題だとは思う。


 あの愛妾達を見かけるたび、ものすごく複雑な思いになる。彼女達は存在を許されているのに、どうして母は兄達に存在を否定されるまでに憎まれなければならないのだろうと。


 そんな事を考えていると、夕食が運ばれてきた。今日のメインは牛肉の煮込みだ。きちんと食事にありつけるのは本当に幸せな事だ。


 これは半年間ろくな食事をさせてもらえなかったからこそ分かった事だ。今まで当たり前に食べていたという事がどんなに貴重なのか、今、やっと分かった。マナーの事ばかり考えて、ありがたみなど感じもしなかった幼少期の自分が恥ずかしい。


 そう反省しながら肉を口に運ぶ。柔らかい牛肉が口の中でとろけた。

 こっくりしたソースも絶品だ。パンにつけるとなおいい。


 と、いうか、この肉、いつもよりいいものを使っている?


 寝返るのを断っているから待遇が悪くなる覚悟はしていたけど、よくなるとは思っていなかった。


 そういえば今日は朝からこんな感じだ。朝は焼いた肉と野菜がぎっしり詰まったサンドイッチで、昼食は海の幸がたくさん入ったオムレツだった。で、夜はこの高級牛肉の煮込みである。

 囚人なのにこんなにいいものを食べていいのだろうかと心配になってしまう。でも、出してくれるのだからいいのだろう。


 いつも通りゆっくりとメインの食事を終える。すぐに侍女が皿を下げて、デザートをテーブルに置いた。


 囚人の食事にデザートがつくのも考えられない事だが、今日はさらにいつもと違う。


 いつもは果物なのに、目の前には小さなグラスに入ったファラゴアのケーキが置かれている。


 やはり今日はなんだかいつもより豪華だ。どうしてだろう。


 このケーキは甘さ控えめで美味しい。甘いものがそこまで得意ではないからありがたい。


——十七になったのに好き嫌いがあるなんてみっともない。


 ダニエル兄さまならそう言って俺に鞭を振るうのだろう。俺が生まれた日は特にそういう事を楽しそうにするのだ。

 ラルス兄さまは俺が投獄されていると知ったら『本当に弱っちい愚か者』だと言って蹴ってくるだろう。それに便乗してエドラ姉さまがこれまた楽しそうに俺の髪を引っ張るに違いない。ここまで殴ったり蹴ったりしに来れないのが救いだ。

 カイスリ姉さまはこの日は俺の顔など見たくないと部屋に閉じこもるのだろう。


 ああ、嫌な事を考えてしまった。

 かなり弱気になっている。せっかく美味しいケーキを食べているのに。


 もう食べたらさっさと寝よう。それがいい。


 食事を終えてからすぐに湯浴みをしてベッドに潜り込む。


 こんなに嫌な事ばかり考えるのは俺が何もしていないからだろうか。ただ、ハンニの訪問を受け入れ、話を聞くばかりでは何も変わらない。


 もう少し動いた方がいいのかもしれない。もしかしたら、魔王の術中にはまっているのかもしれないが、何もしないよりは暗くならずにすむはずだ。


 次にハンニに会ったらそれについて話そう。


 さて、まず何をしようかと考えながら目を閉じる。


 なのに、ふと、さっきのお肉のソースが美味しかったな、などと考えてしまう。俺はつい小さく笑ってしまった。

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