第16話 情けは人のためならず(ハンニ視点)
「うまく説得を出来なくて申し訳ございませんでした」
魔王のところへ戻った僕は落ち込みつつ頭を下げました。
しかし、魔王は苦笑いを浮かべただけで怒った様子はありません。
「問題はない。一日で説得が終わるとは私も考えていない」
事もなげにそう言います。
「だいたい、そんなに簡単に寝返るようなら、尋問の時点で命乞いでもしているはずだ。『なんでも致しますから助けてください』とか言って」
だから長期戦のつもりでしばらく説得を続けろと命じられます。
もちろん僕もそのつもりです。ウティレ様は自分が処刑されて当たり前だと思っているようですが、そんな事は誰も望んでいないのです。もちろん僕も。
ウティレ様は僕と同じ時期に魔術師見習いとして王都に来ました。ですが、ギリギリで入った僕と違って、彼は当時十三歳でありながらかなりの実力を持って入ってきたのです。
そういう者は基本的に傲慢な方が多いのですが、ウティレ様はそんな事はありません。むしろ、誰に対しても丁寧に接しています。それを年若いせいだという人もいますが、きっと彼は最年長だったとしても同じような態度を取るのだろうなと思っています。
でも、彼が伯爵令息という立場を忘れているかと言えば、そうでもないようです。ただ、彼は弱い立場の者を守るためにその身分を使うのです。
魔術師見習いの修行の場でも立場の強い者と弱い者が存在します。それは身分ではなく、魔術の実力で決められます。
もちろんいじめもあります。攻撃系の魔術が苦手な僕はその格好のターゲットになってしまいました。
ウティレ様にはそういう事は不愉快なのだそうです。
ウティレ様もまだ新人なので直接物を申すわけではありませんが、通りがかりにいじめを見かけると静かに眉を潜めるのです。
年月が経って慣れてくると、不思議そうな顔で『何をしているのですか?』と声をかけます。
まさか実力の弱い者をいじめているなんて言えない人たちは悔しそうに立ち去っていく。そういう事がよくありました。
ウティレ様は、『ああいう所を見ると嫌な事を思い出してしまってつい眉を潜めてしまうんだよ』と言いますが、それがありがたいのです。
そんな優しいウティレ様が捨て駒にされ、死ぬなどという事が許されるわけがありません。
でも、あの頑なな様子では道程は長そうです。
「まだ時間はある。ゆっくりと説得していけばいい」
不安な僕とは違い、魔王は余裕の表情を見せてもう一度そう言いました。
「今はまだ混乱しているのだろう。とりあえず話し相手という名目でまた行ってやれ。話をしていくうちに気持ちもほぐれるかもしれん」
「分かりました、魔王陛下」
ありがたい命令を受け、僕は魔王に頭を下げます。
きっと、説得するのは僕だけではないのでしょう。時間が経てば他の人もあの牢に訪れるかもしれません。そうやって色々な方法を試すはずです。
——隣国貴族を殺すのは厄介だから味方にするしかないだろう。
——この国でヴィシュの伯爵令息が死んだら絶対私たちのせいにされるもん。
魔王とレイカはそう言います。それでも僕にはそれがどんなに嬉しいか分かりません。レイカはウティレ様の健康にも気を使って、色々と指示を出してくださったとも聞きました。
どうか、最終的には説得が成功しますように。そう心から願います。
それはきっと僕達の動き次第なのでしょう。
僕は心の中で改めて気合いを入れ直しました。
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