第15話 貴族としての矜持

 敵方に寝返る。それはとんでもない事だ、と分かる。


 何のしがらみもなければきっと簡単なのだろう。

 でもそうはいかないのだ。


「俺は無理だよ、ハンニ」


 だから静かに、でもはっきりと拒絶の言葉を口にする。


「どうしてですか?」


 ハンニが焦ったような声で尋ねてくる。きっと、完全にあちら側についてしまったハンニには俺の返事はありえない事なのだろう。


 俺にこの考えを植え付けたのは他ならぬ彼なのに、それを忘れてしまったらしい。

 それを考えるとおかしくて、思わず喉の奥で皮肉げに『くっ』と笑ってしまった。


 いつになく冷たい俺の雰囲気にハンニが心配そうな目で見てくる。それが逆に苛立つ。

 落ち着かなければいけない。


 そっと一度目を伏せてから、しっかりとハンニを見据える。


 ハンニが真剣に俺を説得しに来ているのなら俺の方も真面目な態度で答えなければいけない。たとえ、この友人が敵方にいたとしても。


「前にハンニは話してくれたよな。ハンニの家の本家が二百年くらい前に魔族に皆殺しにされたって」


 もう一度きつい真実を叩きつける。ハンニは下を向いた。


「俺も、ここに来る前にいろいろ調べたんだよ、その時の事」


 俺の言葉にハンニが目を見開いた。


「調べた?」


 頷いた。あまり資料がなくてそこまで詳しくは分からなかったが、調べた事は本当だ。


「ああ、原因は『王族を殺された事に対する報復』だったな」


 ハンニの目を見ながら知っている事をしっかり話す。俺の調べた情報は合っているようでこくんと頷いている。


「ハンニは詳しい話を聞いているんだよな?」

「いいえ。僕は知りませんでした。詳しい真相は魔王陛下から聞いたのです」

「は?」


 それは予想外だった。いくら周りに秘されていたとしてもハンニの家族は全部知っていると思っていた。なのに、話が伝わっていないとはどういう事だろう。


 ハンニによると、彼は魔王——当時は王太子——に先祖の本家の恨みを伝え、しっかりと言い返されたらしい。

 そんな真実があるのなら言い返されて当たり前だ。


 殺されたのは今の魔王の弟、当時の第二王子だったそうだ。魔王は、目の前で当時の勇者様に弟を斬り殺されたという。


 そのパーティメンバーにハンニの本家の人がいたようだ。それで報復されたという事だ。他のパーティメンバーの家族も同じ運命を辿った。


 そういう事なら魔王が勇者を、そして人間を敵視しているのも頷ける気がする。

 でも、だったらヴィシュ王国はそろそろ滅ぼされても文句は言えない気がする。


 それに、あの女はよく生きてたな。疑われた時にその場で殺されてもおかしくなかっただろうに。


「それと今回断る理由と何が関係するのですか?」


 ハンニはよく分からないというように尋ねてくる。俺は小さく笑った。


「キアント伯爵家は大きな領地を持っているんだよ。領民も多い」


 これは上流貴族だから当たり前のことだ。


「私のした事は魔王殺害補助だ。その罪が簡単に許されると思うか? もし、私が許される事と引き換えに領民がその責を負わされたら? そう考えると私も素直に頷けないんだよ」

「そんな馬鹿な話が……」

「ありえないとは言えないだろう。可能性としてはありうるんだよ。何せ、魔王には私が貴族である事は知られているんだ」


 そう言ってもう一度ため息を吐く。


 魔王がヴィシュ王国を憎んでいるのなら、それくらいは考えていてもおかしくはない。


 そういう事が起こらないように平民だと言い張ったのに、それも上手くいかなかった。


「大勢の領民がそんな目に遭うくらいなら、私一人が処刑台に登った方がいいだろう?」


 本当は死にたくない。

 でもどうするのが正解なのかは分かる。


 実行したのは俺だ。罰を受けるのも俺であるべきだ。


「覚悟は決まっているから」


 しっかりとハンニの目を見つめ、本音を隠し、そうしっかりと宣言した。


 ハンニがとぼとぼと部屋を出て行く。それを見送ってからベッドに横になった。どうせ咎められない。


 魔王はきっと、これから俺が何を言うか確かめたいはずだ。だからこそ何も言わない。弱音も涙も表には出さない。


 そうして俺は無言でしばらく天井を見つめていた。

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