第14話 勇者

 珍しくハンニが怒っている。俺は何か失言でもしただろうか。


 今はあのガキの話をしていた。もしかして、あのガキとハンニは仲がいいのだろうか。


 頭の中に一つの考えが浮かぶ。ハンニの言っていた『妹的存在』ってまさかあのガキの事なのだろうか?


「あの子は何者なんだ?」


 とりあえずあのガキの事を知らなければどうしようもない。なので呼び方に気をつけつつ尋ねた。


「あの子が……レイカが今代の勇者様ですよ」

「……は?」


 今、信じられない言葉を聞いた気がする。


「はぁ!? あのガキが『勇者様』!?」


 数秒ぽかんと呆けてからつい叫んでしまった。


 驚きすぎてまた『ガキ』と言ってしまったのが気に食わないらしくハンニはムッとしている。今のは俺が悪いのできちんと謝罪をした。

 でも、俺の反応は間違ってはいないと思う。言い方はとても悪かったけど。


「だってあいつ……いや、あの子はせいぜい十四歳くらいだろう? それが勇者様だなんて信じられるわけがないだろう?」


 そんな子供が召喚されるとは思えないと考えるのはおかしくないと思う。


「レイカは二十歳ですよ」


 なのに、さらにとんでもない言葉が返ってきた。


「嘘だろ? 俺より年上!?」


 思わずまた叫んでしまった。


 あの幼い容姿で俺より四つも年上だなんて信じられない。


 どうやらハンニの話では、そのレイカという女の国の人たちは比較的若い容姿をしていて、他国ではよく年下に見られるという。それは異世界でも同じなのだな、と本人も笑って言っていたようだ。


 その勇者様がなんであんな風に魔族に馴染んでいるのかは分からない。


 と、いうか、確かあの女って『魔王妃』だったはず。


 寝返るにしても魔王に嫁ぐ必要などないだろうに。魔王に誘惑でもされたのだろうか。


 本当に幼いのは容姿だけにして欲しい。


「ということは勇者様の先代魔王殺害疑惑は晴れたって事?」

「はい。むしろ先代陛下の最期を看取ってくれたらしく、今はむしろ魔王陛下に、そして魔族達に感謝されています」


 あの女が『優しく看取る』とか想像も出来ないが、そういう事らしい。


「で、その勇者様が寝返ったからハンニたちも無事だったってわけ?」


 やはり厳しい口調になってしまう。だが、ハンニは気にする様子もなく頷いた。


「そうです。きちんと勇者様が魔王陛下に向き合って話し合ってくださったから僕達パーティメンバーは全員無事に生き残る事が出来たんです」

「パーティメンバーって確か剣士の人と、ヨヴァンカ嬢だったっけ? ラヒカイネン侯爵家の」


 確認するとハンニは頷いた。どうやら魔王の温情で勇者パーティメンバー三人の家族もこちらに来て暮らしているそうだ。


 それはヴィシュ王国の一つの貴族家がまとめてこちらに奪われたという事だ。それも魔術の実力の高い事で有名な侯爵家が。


 思った以上にヴィシュ王国には打撃が加わってしまったようだ。間違えなく魔王は分かっていてそれをしたのだ。


 この事を国王陛下にしっかりと報告したい。でもそれはやはり許されないのだろう。


 ああ、畜生! 魔王め!


「勇者様と魔王がどんな『話し合い』としたのかは聞いてる?」

「詳しい事は聞いていません。ただ、悪い条件はつけられたわけではないようです」


 ヴィシュには十分に悪い事ばかりなのだが、気づいていないらしい。

 ため息を吐きたくなる。


 ただ、ハンニの言うように詳しい事はわからないので『そうか』としか言えない。


 何にせよその女の話もきちんと聞かなければならない気がする。罪人相手にあの女が許可を出してくれるかは分からないので、今は無理なのだろうが。


「そんなに、たくさんの人が魔王側についているのか」


 そう呟く。


「あの、ウティレ様」


 考え込んでいた俺に、恐る恐ると言うようにハンニが話しかけてくる。


「どうかウティレ様もこちら側に着く事を考えてはいけませんか?」


 そういえばハンニがここに来たのは俺を寝返らせるためだった。


 俺はもう一度小さくため息を吐いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る