第13話 説明

「それで? 魔王の命令で何をしに来た?」


 まずこれだけは聞かなければならない。


「もしかして、尋問の代わり? 知り合いを送れば口が軽くなるだろうって?」

「違います! 僕はウティレ様を寝返らせるために……っ!」


 ハンニの言葉につい眉を潜めてしまった。それを見てハンニがびくりと震える。俺が不機嫌になったのがよく分かったのだろう。


「俺を『寝返らせる』?」


 ハンニの言葉を繰り返す。


 魔王は何のつもりなのだろう。俺を寝返らせて何の得があるんだ。

 冷たくため息を吐く。殺されるのも嫌だが、屈するのも屈辱的だ。


「それにしてもそんな命令を受けるなんて、ハンニは完全に魔王側についたんだな」


 分かっていることだが、もう一度確認する。ハンニは静かに『はい』と答えた。


「どういう心境の変化?」


 やはり自分の声が刺々しくなっている。


「一体、勇者様に同行してから何があったんだ?」


 これを聞かないと話にならない。もし、本気で魔王が俺を寝返らせる気があるのなら、この質問をするのを邪魔したりはしないだろう。


 ハンニは俺の冷たい視線にびくりと震えた。なんだか俺の方が尋問している気分だ。


 でも、これは大事な事だ。でも、落ち着いて話を聞かなければいけない。でないとハンニはずっと怯えているだろう。


 ただ、友人とはいえ、敵方に寝返った裏切り者に優しく接するのも癪だ。

 一つだけため息を吐いてから改めて笑顔を浮かべてハンニに向き合う。


「ハンニもここで捕まったの?」


 俺の質問にハンニは首を横に振った。


「いいえ、魔王陛下、当時はまだ王太子でしたが、その、ラヴィッカの街で待ち伏せをしていたんです」


 その言葉に俺は目を見開いた。


「魔族がゼンゲル伯領に!?」


 思わず叫んでしまった。でも驚くなという方が無理だ。


 ラヴィッカというのは海を挟んだ国境沿いにあるゼンゲル伯爵領の領都だ。


 これはとんでもない話だ。まさか魔族の王族が国境沿いとはいえ、ヴィシュ王国に入り込んでいるなんて! それを阻止できなかったなんて!


 もし、脱出できたら速攻で国王陛下に報告をしたいが、そんな事を魔王は許さないだろう。

 ハンニにこの話をさせてるのは間違いなく魔王の作戦だ。


 背筋に冷たいものが走る。『逃がさないぞ』と魔王に言われている気がした。


「俺を取り込んでどうするつもりなんだ」


 つい、そう呟く。こんな事をするくらいだ。あの魔王ならこの会話もしっかりと聞いているだろう。

 続きを促す。まさか予想外の所で魔族に会っただけで降参するとは思えないのだ。


「最初はに会った時は変化を使って人間に化けていたので魔族とは気づいていませんでした。でも、女性陣を人質に取られた上で呼び出されて」


 それで降参するように促されたのか、と思ったが、黙っておく。話を遮るのはよくない。


「それで少し揉めまして、牽制のためか軽く攻撃をされました。脅しもされましたね」


 攻撃と聞いて、尋問時の雷魔術を思い出す。あれはきつかった。きっと、ハンニも似たような事をされたのだろう。


「勇者様は戦わなかったの?」

「頑張って抵抗していましたが、結局は負かされていました」


 それほど強かったのだ。当たり前だ。


 ただ、勇者様が、それであっさりと負けを認めたかというとそうではないらしく、今の魔王に交渉して、当時の魔王——今の魔王の父親——に会いに行ったらしい。

 ハンニの言い方だと戦いに行ったわけでなく、話し合いに行ったようだ。一度王太子に負かされている以上、慎重になったのだろう。

 だが、そこで運悪く先代の魔王が死んでしまった。病死だったそうだ。そこに勇者様が立ち会った。

 ただ、そのせいで先代魔王を殺したのだと疑いをかけられてしまった。


「それでハンニたちも捕虜としてここに連れてこられたわけだ」


 ハンニは頷いた。


 そして、勇者様の魔剣は魔王が持っているという事か。


 という事は、勇者様もどこかに捕らえられているはずだ。いや、『勇者』は『魔王』側には邪魔だろう。それに先代勇者を殺したと疑われているのなら、勇者様だけ殺されてしまった可能性もある。


「で、勇者様は今はどうしてるんだ?」

「魔王城にいますよ」


 ハンニはさらりと答える。それなら安心してもいいのだろうか。


「無事? そんな疑いをかけられたのなら魔王に何かをされたんじゃないのか? それかあのガキに」

「ガキ?」


 ハンニが首をかしげる。確かに『ガキ』と言っただけでは分からないだろう。だからきちんと説明をした。俺の尋問の時に魔王に付き従っていた人間の少女の事を。


 普通に話したはずだ。だが、目の前のハンニからは何故か怒っているような空気を感じる。


「それはレイカの事ですか?」


 ハンニが静かに問いかけてくる。


「……え?」


 その気迫に圧倒され、その言葉しか返す事が出来なかった。

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