第12話 面会者

 新年だ。


 幸せそうな魔族の民の歓声がこの牢まで聞こえてくる。まだ朝だというのにすごい大騒ぎだ。


 でも、俺は相変わらず牢の中だ。待遇がいいだけまだマシだが、これからどうなるか分からないぶん、とても不安なのだ。それは夜が明けた今も消えない。


 ため息を一つ吐いてから卵の挟まれたサンドイッチを頬張る。魔族達は、いや、あのガキはまだ俺に柔らかいものを食べさせる気らしい。おまけに最近『ゆっくりお召し上がりください』と何度も言われるせいでそれが普通になってしまった。このサンドイッチも一口を小さく噛み切り、ゆっくりと咀嚼している。


 でも、味は悪くない。普通、こういう柔らかい卵のサンドイッチにはスクランブルエッグが使われるものだが、これには茹でた卵を潰してドレッシングで和えたものが使われているようだ。このタイプは初めて食べたが、嫌いではない。


 それにしても、数日前まであまり食べさせてもらえなかったせいか、あまり食べられなくなっているようで少量でも満足してしまう。


 二切れのサンドイッチとコンソメスープを長い時間をかけて食べてから食後のお茶を飲んでいると、ドアが開いた。


「面会者がお見えですよ、キアント伯爵令息」


 いつもの侍女の言葉に俺は目を見開いてしまった。


「面会者?」


 つい声が上ずってしまった。こんな所で面会者なんて来るはずがない。一体どういう事だろう。

 そして、こういう時はなんて言ったらいいのだろう。間違っていても『どうぞ』ではないと思う。


「分かりました」


 だからそれだけを答える。

 そうして部屋に入ってきた人物を見て、ついテーブルの上に置こうとしていたカップを落としそうになってしまった。慌ててしっかりと持ち手を掴む。そして改めてしっかりテーブルの上に置いた。


「……ハンニ?」

「ご無沙汰しております、ウティレ様」


 思わず変化やら幻影やらを疑いたくなってしまう。そして改めて魔力を封じられている事を自覚してしまった。本当に不便すぎる。


 入ってきたのは故郷の職場の同僚で、俺と仲の良かったハンニだ。

 そのハンニがここにいるのはどういう事だろう。ついぽかんと口を開けてしまう。


「ハンニ、どうしてここに?」


 この友人は九ヶ月ほど前に勇者様に同行して帰って来なかった。どうやら無事だったらしい。でも、そうなるとたくさん疑問が出てくる。


 どうして、普通の顔をして魔王城にいるのか、勇者様はどうしたのか。

 ……そして正気でいるのか。


 聞きたい事はたくさんある。


 ハンニの方は俺を見て痛々しそうな表情をしている。


「ウティレ様、こんなに痩せて……」

「色々あったんだよ」


 そう答えるだけで精一杯だ。この半年間の事はあんな拷問を受けない限りあまり話したくはない。


「ハンニの方は元気そうだな」


 優しい言葉をかけるつもりが何だが声が皮肉げになってしまった。

 そんな俺の冷たい空気には気づいているのかいないのか、ハンニは微笑んだ。


「可愛い『妹』のおかげで、何とか」


 なんだか意味不明なことを言い出した。彼に妹なんていただろうか。ハンニは一人っ子だったはずだ。


「妹?」


 なので言葉を繰り返す事しか出来ない。


「あ、本当の妹ではないですよ。妹みたいな存在の子なんです」


 そういう人が出来たらしい。一体、誰の話をしているのだろう。


「妹みたいな存在……?」


 なので言葉を繰り返す事しか出来ない。


「そうです。あの子がいなかったら僕たちはどうなっていたか……」


 彼にとってその『妹』がすごく大事だというのが伝わってくる。でも全然話が見えて来ない。


「へぇ、どんな子なの?」


 にっこりと笑みを浮かべながら尋ねる。その『妹』の情報を得ないと何も話が始まらないのだ。


「芯が強い子です。無謀とも言いますが」


 そんな女性がハンニの身近にいただろうか。もし、その『妹』にここで出会ったのだとしたら、それは魔族だとしか思えない。

 大丈夫なのだろうか。『妹的存在』と言いながらその女に操られているような気がするのは俺の気のせいだろうか。


「ここにいるのもその子の指示?」


 なので少し思い切った質問をしてみる。


「違いますよ。これは魔王陛下の命で……」


 そこまで言ってから俺の顔を見て口を噤んだ。どうやら俺は無意識に眉を潜めたらしい。でも、それに関して責められるいわれはない。


「魔王の、ね」


 自分でも声に棘が混じるのが分かった。当たり前だ。


「俺に魔王の危険性を説いてくれたのはハンニだったのに……」


 なるべく淡々とした調子で話す。それでもどこか責めている口調になったのが自分でも分かった。

 もちろん、ハンニにもそう聞こえたようで、申し訳なさそうな表情を浮かべている。


「確か、二百年近く前にハンニの家の本家が魔族に壊滅させられたんだったっけ? だから憎んでいるって言ってたよね?」


 前に話してもらった話を思い出しながら指摘する。ハンニが勇者パーティのメンバーになった時に聞かせてもらった話を。


 正しかったようでハンニは頷いた。


 俺が睨んでいるからか怯えているように見える。さすがに酷い態度だったかもしれない。


「説明してくれる?」


 なるべく落ち着いた声で尋ねる。


 ハンニが魔王の命令でここにいるのなら面会時間などあってないようなものだろう。だったらゆっくり話が聞けるはずだ。


 ハンニは俺の言葉に静かに頷いた。

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