第10話 最初の食事

 しばらくベッドに座っていると、先ほどの侍女がお盆を持って入ってきた。


 そういえば捕まってから何も食べていなかった。その前も腐りかけの小さなパンしか食べていない。


 お盆からはいい匂いが漂ってくる。ついゴクリと喉が鳴った。


 でも期待しない方がいい。匂いは罠かもしれない。期待すればするほど裏切られた時に落ち込むだけだ。どうせろくなものは出ないだろう。俺は人間。相手は魔族なのだ。

 ただ、空腹の今ならどんなものでも受け入れられるはずだ。


 侍女は俺が席に着いたのを確認するとお盆をテーブルに置く。

 そこにあったのはポタージュっぽいスープだ。量が少ないように見えるのはやはり嫌がらせか何かなのだろうか。


「今日は年末の二日目ですので、『年末のスープ』をご用意いたしました」


 その言葉で、今は年末の五日間の最中なのだという事を思い出した。その期間はどの身分でも野菜たっぷりのスープを飲むという習慣がある。


 そうやってシンプルな食事をして、仕事も何もせずに、新年の為に身を清める。……はずなのに俺は何で初日から刺客なんてやらされていたのだろう。


 しかも捕まって投獄されてるし。いや、これは神様のバチが当たったのだろうか。静かに過ごさなかったから。


 神様、申し訳ございませんでした。これからは大人しく過ごします。


 あ、いや。俺投獄されてるから必然的に大人しくせざるをえないんだっけ。

 ため息をつきたくなる。


 それにしても、そうならば出てくるのは野菜がゴロゴロと入ったスープのはずだ。少なくともポタージュではない。

 魔族の『年末のスープ』はこれなのだろうか?


「キアント伯爵令息は体調があまり思わしくないようなので、こういう形にした方がいいという王妃殿下のご好意でございます」


 俺が怪訝そうな顔でスープを見ていたからだろう。侍女が説明してくれた。


 体調が悪いからポタージュ状にするとはどういう事だろう。嫌がらせの類には見えないが。


 でも変なものは入っていなさそうに見える。毒っぽい匂いもしない。ただ、無味無臭の毒だったら分からないけど。


 ああ、確認したい。こういう時、魔力を封じられているというのは不便だ。そして不安だ。


 ただ、これを食べないわけにはいかない。殺すつもりなら、魔族達は無理やりこのスープを俺の口に突っ込むだろう。


 何より匂いが美味しそうだから俺が食べたい。……死にたくはないが。まあ、その時はその時だ。


 とにかく、俺はお腹が空いているのだ。


 では、早速、スプーンを持とうとした。だが、食前の祈りを忘れている事に気づいて慌てて戻す。そして祈りの体制になった。


「お待ちください、キアント伯爵令息! 伝えなければならない事が!」


 しかし、何故か侍女は慌てた様子で俺を止める。


「私はフレイ・イア教徒ですので」


 きっちりとそこは主張する。魔族が何を信仰しているのかは知らない。でも、こちらの信仰には口を出して欲しくはない。咎められるいわれはない。


「それは私もです。ですからお祈りに関しては何も口出しはいたしません。当然私もいたしますから」


 侍女はそう答えるが、本当だろうか? 話を合わせているだけじゃないのか。ついまじまじと見てしまう。


「それより、どうか、このお食事は、一口ずつ。時間をかけてお召し上がりください」


 は?

 そこに口を出してくるとは思わなかった。マナーの話だろうか? そんなに俺はいて見えたのだろうか。


「何故そのようなことを?」

「王妃殿下の指示です」


 あのガキ! だから何でそんな意味不明な指示をするんだ!


 腹は立つが、そうやって怒っていても腹は満たされない。


 気を取り直して食前の祈りをしてからスプーンを手に取る。


 一口、スープを口に運んだ。途端にいろいろな野菜の旨味が口の中に広がってゆく。


 幸せだ。ゆっくり食べろという指示はあるが、それ以前にもっと味わいたい。この美味しいスープを飲み込みたくない。


 液体だが、ゆっくりと噛みしめてみる。何故か薫製肉の香りがほのかに感じられるが、年末のスープに肉が入ってるのはどうしてだろう? 魔族はそうなのだろうか。でも美味しいからいいや、と思う。


 ゆっくり味わい、ゆっくり飲み込む。


 もう一匙行きたい。そんな気持ちを込めて許可を待つ。頷いたので問題ないだろう。俺は二匙目を先ほどのようにゆっくりと口に運んだ。


 そうして長い時間をかけて食事を済ます。時間をかけたからか少量でもお腹が満たされる。


「ではお休みください」


 何故か眠る事を促された。勝手なことをされるより大人しく寝てろという事だろうか。本当にこいつらの指示はよく分からない。


 ま、逆らう気力もないし、どうせやる事もない。それにきっとこれもあのガキの指示だろう。


 なのでまたベッドに潜り込む。侍女がおやすみなさいませ、と声をかけてくる。


 それには返事をせずに静かに目を閉じた。

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