第8話 刺客(魔王視点)
気絶したウティレからしっかりと魔道具で血を抜き、魔法封じの檻から出す。元々人間は魔族の使う『魔法』を使わず、『魔術』を使うのだから、この檻は最初から意味をなさない。
軽く注意はしたが、後で隠密達には改めて厳しく言っておかなければならない。そのせいで当たらなかったとはいえ、私の愛しい妃に攻撃が飛んできたのだから。
ウティレには拷問でしっかりと自分のしたことを分からせてやったが、それでも苛立ちは落ち着かない。
預けられたという公爵家では手入れをする余裕がなかったようだ。顔には無精髭が生えている。そのせいで分かりにくいが、よく見るとまだあどけない顔立ちをしている。
「陛下」
妃が私に声をかけてくる。
「なんだ? 王妃」
「どういう理由でこんな事をされたのですか?」
問いかけてくる妃の声は厳しい。どこか咎められている感じがする。私の妃は必要以上に『優しすぎる』のだ。きっと同情でもしたのだろう。さっきの拷問の時も、扇子の後ろで怖がって震えていたくらいだ。
「大した理由ではない。『素直に魔王の血を送ると思ったか? これはお前の国民の血だよ。残念だったな。あはははは!』と言ったところかな」
魔道具を見つめながらあえて明るい声を出す。
「……子供か」
妃は呆れたような声で苦笑い交じりに呟いた。独り言に近い言い方だ。おまけに故郷の言葉で喋っているのが通訳魔法が通ったこと、そして口調が少し荒いことで分かる。
「いい気味だ」
そう言って笑うと、『そうですか』と返ってくる。
「不満か?」
「いいえ」
私の問いかけに妃は静かにそう答えた。だが、私には妃がきちんと不満を持っているのが分かる。彼女はそういう感情を隠すのがまだ苦手なのだ。でもそんなところも可愛らしいと最近は思っているのだが。
じっと見つめる事で続きの返答を待つ。その意味が分かったのか、妃はまた苦笑した。
「そんな手間をかけずとも、送らなければ済む事ではないのかしら、と少し思っただけですわ。どうせこれは失敗前提の作戦でしょう?」
「これくらいの嫌がらせはしないと気が済まない」
「オイヴァったら……」
呆れすぎたのか妃がどんどん素を出してくる。おまけにため息など吐いている。
「それに半分くらいは成功したと考えさせないと、また『送られる』からな」
そう言ったらやっと納得してくれる。こうやって『血を取られそうに』なるのはもうこれで七回目だ。私もいい加減うんざりしている。
最初は、健康診断だと言われた。魂胆は分かっているので拒否をし続けたら、こうやって刺客を送られるようになったのだ。
それにしても、我が国の筆頭公爵家が国を裏切り、隣国と手を結び、こうやって人間の刺客を送ってくるなど嘆かわしいことだと思う。
この国を攻め滅ぼそうとしている隣国、そして、私から王位を奪い取ろうとしている愚かな公爵家。どちらにも屈するつもりはない。
父が亡くなり、私が王位に就いてからは城の警備を厳重にしているのでそんなに心配はいらないはずだ。
「それしても、酷い状況だな」
目の前で床に倒れているウティレを見ながらそう言う。それに関しては妃も同意見のようで、痛々しげな目でウティレの腕を見ている。
「暴力を振るわれていたとは言っていましたけれど、でも……ここまで傷跡が残るものなのかしら」
さすがに続けて見ていられないようで目をそらしている。気持ちは分かる。彼女の言葉通り、ウティレの腕は傷跡で覆われている。いや、そんな言い方では生ぬるい。傷跡がない箇所を探すのが難しいと言ったほうがいい。肌全体がどす黒くなっている。おまけに肩の近くあたりが火傷のせいかただれている。
片腕だけでこうなら体の他の部分は更に酷いと考えたほうがいい。
刺客相手に同情などしない方がいいのは分かる。だが、これはあんまりだ。複数人に何年もの時間をかけてつけられた傷。尋問の時の彼の言葉が嘘ではない事はこの傷がしっかりと示している。
ただ、それだけではここまで残る事はないだろう。
「本人が意図的に魔術で傷跡を固定したのだろうな」
「そんな。何のために!」
「『証拠』を残すためだろう」
私の仮説に妃が絶句する。
「それで、この男をどういたしましょうか、陛下」
静かに私と妃の会話を聞いていた隠密の長が、話が落ち着いたのを確認してからそう尋ねてくる。
「とりあえず、貴人用の牢に入れておけ。そこでしばらく体力の回復をさせよ。今のままでは何も聞けないからな」
そう命じると、隠密達はすぐに命令に従い、ウティレを連れて転移をしていった。
この男は先ほど妃が言ったように捨て駒なのだろう。だが、絶対に失敗すると分かっていて刺客を送るほど隣国は愚かではないはずだ。
だとしたらこの男には『刺客』にふさわしいほどの何かがあるのだろう。
寝返らせればきっとこの国のために役立ってくれるはずだ。
私の目の前にいるこの
「何?」
妃の方に目をやると、不思議そうにそう尋ねてくる。
「この男をどうするべきか話し合わなければいけないなと思っただけだ」
「あー……。『隣国の伯爵令息』を死なせるわけにはいきませんものね。まずは『生かす』事を考えなければ」
そう言ってから口に手を当てて考え込んでいる。『話を聞く限り栄養失調の可能性もあるから……』などと呟いているから、彼を生かすためにいろいろと策を練っているのだろう。
ある程度、言いたい事は伝わったようだ。私は優しく妃に微笑みかけた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます