第7話 魔道具の使い道
「さて、これの事だが」
魔王が冷たい笑みを浮かべながら俺が今回の目的に使おうとしていた魔道具を指し示した。
思わず顔を引きつらせてしまう。
「何の事でしょう?」
とりあえずシラを切る。
途端に先ほどの雷魔術が襲いかかってきた。魔王はどうやらこれに頼る事にしたらしい。
先ほどのものほどではないが、強くなったり弱くなったりして油断が出来ない。そして、気絶しない程度に調節されているのもよくわかる。それに気絶してもそれはそれで先ほどのように強い術で起こされてしまうのだろう。
この苦痛はきっと、俺が全て白状するまで止まらないのだ。
「話せば楽になるぞ」
魔王が苦しむ俺を嘲笑いながらそんな事を言ってくる。死ぬような言い方はやめて欲しい! こいつらの事だから全て白状させたらそのまま殺すのかもしれないけれど。
「これを誰に渡された?」
「……その……ま……ぞくに……」
「本当の事を言わないか」
嘘だってバレている。
「……国王……陛下です」
そう答えると魔王妃が『やっぱりか』というような顔つきをする。このガキ、王族のわりに表情がものすごく動くな。
「それで魔王陛下に何をするつもりだった?」
どうせ知っているだろうに、魔王の配下がそんな事を聞いてくる。
でもこれはきっと茶番なのだ。俺の口を開くための。
嘘をついたら今度は何をされるか分からない。言うしかないのだ。
「魔王の血を抜き取るためです」
なのできちんと本当の事を説明する。
「その為に痺れ薬まで持ってくるとは。用意周到なことだ」
魔王が皮肉げに嗤う。これ、やっぱり怒っているんじゃないか。
「痺れ薬は、同室の者を人質にとるためでもあって……」
俺がそう言った途端、魔王から恐ろしいほどの冷気と怒気が流れてきた。つい言葉を止めてしまう。
「我が妃を人質にする、と?」
やばい! 失敗した!
使っているだけかと思いきや、しっかりとベタ惚れだったらしい。
とにかくその怒気を納めないといけない。
「い、いや、その……人間がいるなんて思ってもみなくて……。陛下はそんな事言ってなかった!」
「魔族ならいいと言うのか!」
火に油を注いでしまった。
魔王なら溺愛している妃が魔族の可能性もあった。むしろそちらの方が自然だ。本当に魔王はどうしてこんな幼い人間の少女を娶っているのだろう。
「それで、その『血』が何に使われるのかは知っているか?」
お前の企みを止めるためだよ!
そういう気持ちをしっかりと込め、魔王を睨めつける。
「その顔だと何も知らないようだな」
「知っていますよ」
しっかりと言い放ったが、はぁ、とため息を吐くことで返事をされてしまった。馬鹿にされているようで腹がたつ。
「あれは私を暗殺するために使われるんだ」
「は?」
いきなり魔王が変な事を言った。
「暗殺? それはどういう……」
つい聞き返してしまう。そんな俺に魔王はゆっくりと説明をしてくれた。どうやら今までの勇者様方は『その刃で傷つけるだけで対象者を殺せる魔剣』を持っていたらしい。
その魔剣の『対象識別』に使われるのが今日俺が取ろうとしていた『魔王の血』なのだと。
「そんな……まさかそんな非人道的な……」
いや、聞いてねえよ、そんな事。どういう事だよ、これは!
「そうでなければ何だと思っていたのです?」
魔王妃が呆れたようにそう尋ねてくる。ガキのくせに偉そうに、と思うが、そんな事を言える雰囲気ではない。
「魔王の企みを止めるためだと聞いております。もし、魔王の邪悪な力でもってヴィシュの王都を滅ぼそうとした時に止めるための魔術に使うのだと」
そういう魔術が存在する事は確認済みだ。術を発動する事自体も難しいので、その術を付与させた魔道具を作るのだと聞かされた時は驚いた。一体全体、誰がそんなものを作れるのだろうと疑問に思っていたのだが、それ自体が嘘ならば納得が出来る。
魔王もそれについては知っているようで『あの魔術か』とつぶやいている。
「それにしても、どうしてあなたがたはそんな大事な事を知っているのですか? 憶測ではないのですか?」
とりあえずそう尋ねる。そういう魔術が存在する以上『嘘』だとは思いたくないのだ。魔道具は無理にしても、術は発動させるつもりだったのだと思いたい。
「実物が城にある」
そんな俺の願いを魔王はあっさりと打ち破ってくる。
「まさに『勇者』から没収した物が、な」
俺の顔を覗き込みぞくりとするような声でそんな事を言ってきた。
つまり、この間召喚したという勇者は殺されてしまったのだろう。
分かっていたことだが、もう何も希望はないのだ。
「ウティレ、お前は隣国の国王の殺害に手を貸そうとしていたんだぞ」
最初に俺を尋問していた男がそんな事を言ってくる。そして魔王妃が魔王の手にその小さな手を重ね、案ずるような目で魔王を見上げている。
どこからどう見てもこれは演技である。だが、だからと言ってはいそうですか馬鹿ですねと油断など出来るわけがない。
これは俺への怒りなのだ。『魔王陛下を殺そうとしたお前を許さない』という魔王妃の、そして魔王の側近達のメッセージに他ならない。
そっと俯く。何を言えばいいのか分からない。でも何かは言わなければいけない。
「それであなた方は私をどうするおつもりですか? やはり殺すのですか?」
俺の口から出てきたのはそんな情けない言葉だった。
勝てないのは知っている。敗北宣言をしなければならないのは分かっている。でも、そんな自分の姿はとても惨めなものだった。
これから俺は投獄され、いずれは公開処刑をされてしまうのだろう。
十七年弱。短い人生だったと思う。いい事はほとんどなかった。
でも、死にたくない。生きていたい。怖い。
魔族達が冷たい視線を向けてくる中、震えている事しか出来ない弱い人間だから、こんな最期しか迎えられないのだ。
魔王はそんな俺を嘲るように小さく笑った。
「血は、あちらに送ろう」
そして変な事を言い出した。思わず『は?』と言いそうになる。
「いや、ちょっと何言ってるの!」
魔王妃も夫王の爆弾発言に驚いたらしい。だいぶ言葉が砕けているが、彼女の素なのだろうか。そして通訳魔術越しなのかヴィシュ語で聞こえたのはどういう事だろう。
魔王は平然と『落ち着け、王妃』などと言っているけど、これは魔王のせいだと思う。
おいおい、この魔王、正気かよ。
「正気だよ」
魔王が俺の心の声に返事をする。いや、俺が声に出してしまったのだろう。
そして俺に嗤って見せてから側近から例の血を採る魔道具を受け取った。
それをそのまま自分の腕に刺す……わけもなく、俺の方に歩み寄ってきた。
魔王の手によってゆっくりと檻の扉が開けられる。でもそのまま脱走する元気はもう俺にはない。
この魔道具が刃物の形をしているのは、持ってきたのだから当然知っている。でも、それとそれが自分に向かってくる気持ちを理解するのは別の事だ。
魔王が俺の腕を掴み服の袖をまくった。そしてゆっくりと魔道具を振り上げる。
——なあ、ウティレ、このナイフでお前を傷つけたらどんな気持ちになるかな。
頭の中に次兄のラルスの狂気じみた声が蘇ってくる。
い、いやだ。ラルス兄さま、やめて……! もうやめて! 誰か! 誰か助けて……!
「やめてくれぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーー!」
そう叫びながらも自分の意識がゆっくりと遠ざかっていくのが分かった。
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