第5話 キアント伯爵令息
本当のことを話さなければまた恐ろしい攻撃をされてしまう。それは俺にはよく分かっていた。
俺は観念して貴族としての口調で話し始めた。
「改めまして、ウティレ·キアントと申します」
それでも余分なことはいうつもりはない。これくらいは抵抗したい。
「ほう。平民どころか、上流貴族ではないか」
なのに、魔王は平然とそんなことを言った。ぎょっとしてしまう。
「キアント伯爵令息」
おまけに追い打ちまでかけられてしまった。
「ど、どうしてそれを!?」
「ヴィシュ王国の貴族の姓はその爵位も含めて全て頭に入れてある」
その言葉につい顔を引きつらせてしまった。何という奴だ。こわい。
「……キアント伯爵家の第五子です」
もう白旗を揚げるしかない。きっと俺は絶対に魔王にはかなわない。
俺はやっぱりダニエル兄さまの言う通り、『役立たずの庶子』なのだ。
もう本気で降参するしかないのかもしれない。俺は魔王に促されるまま自分の出自を話し始めた。
***
生まれは確かに伯爵家だ。だが、俺は不幸な事に『後妻の子』として生まれてきてしまった。
俺の住んでいるリスティア大陸では、フレイ・イア教という宗教が主に信仰されている。そして、その宗教上では後妻というのはあまりよく思われてはいないようだ。
それも、跡継ぎがいないというのならともかく、前妻との間には子供が四人もいた。父は再婚する必要なんかなかったのだ。俺のような『庶子』を作る必要なんかなかった。
それを聞いて、目の前の魔王夫妻が『理解不能』というような表情をしているが、実際にそうなのだ。『そうなのですか?』、『そんなわけがないだろう』という感じの目配せをしているがそうなのだ。そんな宗教事情は魔族や子供にはさっぱり分からないだろうが。
母は兄達に疎まれたそうだ。前に聞いた話では主に長兄のダニエルが父に隠れた所で母にきつく当たっていたという。
そのストレスもあったのだろう。母は俺が一歳くらいの頃に病気で亡くなったそうだ。
これは次兄から聞いた。『いびり殺してやった』と自慢げに何度も言ってたのでよく覚えている。
そして兄達の次のターゲットになったのが俺だった。
兄達と姉達、特に長兄はしつけと称して俺に暴言や暴力を振るった。マナーの粗を見つけ厳しく責め立てるのだ。物心がつく頃にはもう暴力だらけの日々だったからその前から始まっていたのは分かる。
それで貴族としての所作をしっかり身につけられたのはいい事だったのだろう。そう思わなければやっていられない。
父は仕事で忙しかったようで、家にはあまり帰って来ない。なので、兄達はやりたい放題だった。
その中で唯一幸せだったのは勉強の時だった。
父の知り合いの学者だという家庭教師の先生の授業は厳しく、ついていくのは大変だったが、先生は俺の事を殴ったり蹴ったりしないし、きちんと課題をこなせば褒められたし、とても有意義な時間だったと今でも思っている。
家を出てからも先生とは文通をしていたくらいだ。ただ、これは言う必要はないので魔王達には言わなかった。
それに、家庭教師の先生と出会って良かったことはもう一つある。
俺の魔術の才能を見出してくれて王宮の片隅で魔術師として修行や簡単な仕事をさせてもらえるように推薦してくれたのだ。王宮魔術師ほど立派ではないが、彼らの補佐をする仕事だ。
それでも大きなコネはなかったので、入るために試験は受ける必要はあったが、かなりいい結果だったので問題はなかった。
兄達には『王命で行くことになった』と説明した。試験に高得点で合格したものにはきちんと王命がくだるので嘘ではないのだが、『逃げるために試験を受けた』などと言ったら計画を潰されるような気がしたのだ。それでも、気に入らないのは気に入らないようで、出発までの間は暴力がいつも以上に激しくなったが。
というか、そこまで——兄達は反対しなかったのか、ということ——突っ込んで聞いてくるのは、ボロが出ないか試されてるのだろう。それだけ信用されていないのだ。あんな風に嘘をつきまくったのだから当たり前だ。
魔術師の修行は思ったよりずっと大変だった。何度か難しい魔術を覚えるために無茶もした。でも、兄達に暴力を振るわれるよりはずっと楽だ。
仕事はそんなに難しいものではなかったが、しっかりと手を抜かないように真面目にやった。
そして、コツコツと頑張ったことで国王陛下の目にまで止まった。
国王陛下は俺の境遇にひどく同情してくださって、色々と仕事を斡旋してくださった。隠密などの裏方仕事が主だったが、俺の実力ではそんなに華々しい活躍は出来ないのだ。
だからもっといい仕事を貰うためにがむしゃらに働いた。修行も続けたし、独学で勉強もした。一人前の魔術師になれるように。
そして、そうやって頑張ったからこそ、今年の秋にやっと大きな仕事が回ってきた。
それがこの仕事なのである。
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