第4話 尋問
「わたくしには、茶色に見えますわね」
魔王妃が恐ろしいことを口にした。
「ダークブラウン、と言った方が分かりやすいかしら」
俺の思惑とは逆にあちらから畳みかけてくる。
何で俺の本当の目の色がバレてるんだ。……こいつは……一体?
そんな風に動揺していたから隙が出来たのだろう。魔王妃が俺に向かって指を鳴らした。何かの魔術が俺の中に入っていく。
次の瞬間、何人かの魔族が揃って息を飲んだ。
「ひ、妃殿下。これは……」
何だ? 俺は一体何をされたんだ?
何をされたのかは分かる。でも、まさかそんな事が現実に起こるはずがない。俺が念入りにかけた魔術が! 魔族対策の術まで重ねがけした術がこんなガキに解かれるわけが……。
「誰か鏡を持っていて?」
「はい、こちらに」
若い魔族が魔王妃の命令に従って机から手鏡を取る。
それ、俺の鏡!
そう怒鳴りそうになる。きっと没収されたものの中に含まれていたのだろう。
「見せてあげなさい」
魔王妃は勝ち誇った声でそう命じた。
魔族が掲げた手鏡に映った俺の目の色は元のダークブラウンだった。
こんなガキに……。こんなガキに!
「こ、これが解けるわけ……」
やっぱりこんな事は信じたくない俺の心が勝手に口を動かしそんな言葉を乗せる。
「残念ながらわたくしは『人間』ですわ。そう言うということは、魔法対策はしていたのね。本当に残念だこと」
魔王妃がくすくす笑いながらそんな事を言ってくる。
何なんだよ、こいつは。こいつ本当にガキか?
俺が怯えている間に、話は俺の名前の事に移っている。
どうやら俺がついた嘘は見破られているらしく、『平民だと言って何も喋らない』と説明されている。おまけに魔王まで『発音が平民ぽくない』などと言う。
きっとさっき呟いたヴィシュ語の事だ。いやまて、何で魔王がヴィシュ語を聞き取れるんだよ。おまけに何で発音の違いまで分かるんだよ。
とはいえ、魔王妃は先ほどから何も言っていない。
最後の砦だ。彼女を味方に、とまではいかないが、だまして納得させてやる。
「俺の目を見ろよ、王妃様! これが嘘ついている目か?」
「……色からして嘘だったくせに」
それを言われると何も言い返せない。おまけに魔族達に笑われてしまった。恥ずかしい。
「それで? お前は何者だ?」
魔王の追求が再開した。有無を言わせない雰囲気についたじろいでしまう。
「早く答えなさい、ウティレ」
魔王妃も冷たい声でそれに同調する。
ど、どうやって誤魔化したらいいんだ。とりあえずあのガキの同情を誘ってみよう。
「お、俺は……うっ……く」
俺は嘘泣きを始めた。
「う……うええ……っく……ひっく……うっく……うう……」
人質が泣いているのに、魔王は呆れた目をして魔王妃に何かを囁いている。魔王妃の方も困ったようにため息を吐いた。まるで駄々っ子を見るような目だ。俺の方が年上なはずなのに。
あまり効かなかったのだろう。
「泣いても逃がしてはやらんぞ」
魔王の配下の一人がそう言ってくる。やはり全然効いていない。
とにかく自分を弱者に見せなければならない。そうでなければ、すぐにでも殺されてしまう。だったら口調も少しは丁寧にした方がいいだろう。
「お、俺は……確かにヴィシュ人です。でも、悪い魔族に騙されて奴隷扱いをされていたんです」
嘘は言っていない。今日まで酷い目に遭ってきたのだ。
「そうなのか」
だからなのか、魔王もすんなり納得してくれたようだ。ほっと息を吐く。
「それで? 今日は何をしに来た? この者達の話では私たちの寝室に侵入しようとしていたようだが」
だけど、それだけで見逃してくれるほど魔王は甘くなどなかった。
やはり目的は知られてしまっているようだ。当たり前だ。魔王の寝室に繋がる隠し通路の扉に手をかけたところを見られてしまったのだから。
どうしよう。とりあえず混乱して泣きわめいているふりをしよう。もしかしたら誤魔化せるかもしれない。
と、思って試してみたが、やはり苦笑されるだけだった。
魔王妃は一つため息を吐いてから穏やかな笑みを俺に向けてくる。
「ねえ、ウティレ、泣いてばかりでは何も分からないでしょう? 最初からゆっくり本当のことをお話ししなさい。そうでなければ、わたくし達もどうしたらいいのか分からないわ。あなたの問題を解決することも出来ないの」
穏やかな表情と声だが、言っていることは厳しい。ガキでもさすがは『魔王妃』と言ったところか。
でも、俺はできる限り誤魔化さなければいけない。そうでなければここまで来た意味がない。
「今日は……その……その魔族に頼まれて……えっと……偵察に」
しどろもどろに言い訳をする。でもビビりすぎたのか怪しげな感じになってしまった。
その証拠に誰も信じている顔をしていない。
「偵察か。こんなものを持ってか?」
没収された魔道具を見せられる。
でも、何も言ってやるつもりはない。これが俺の精一杯の抵抗だ。
魔族などに屈するものか。絶対に何も言ってやらないぞ!
そうやって抵抗していると、魔王が薬を手に取った。そして検分している……ように見えるけど、これで本当に分かるのだろうか。
「なるほど。これは……」
そう言って俺の目をじっと見る。
——痺れ薬だな。
そう聞こえた。
え? 何でばれて……誤魔化さないと!
「し、痺れ薬? 何の事でしょう? 俺はただ、これを悪い魔族に渡されただけで中身は……」
つい言い訳をしてしまった。というか、頭がぐちゃぐちゃになっているような感覚がする。
「あら、これは痺れ薬なのですか?」
魔王妃が『えー、びっくり』みたいな感じで指摘してくる。
魔王が『してやったり』というようににやりと笑った。
くそ。魔王め。テレパシーと肉声の違いが分からないように俺の頭を混乱させやがったな。それで俺から真実を言わせようとした。
悔しい。こんな手にかかるなんて!
「誰に使うつもりだった?」
「だ、誰にも」
今度はしっかりと言葉を選ぶ。魔王は気にくわないようで眉を潜めた。
「あ、いや、見張りに……」
これも気に入らないようだ。舌打ちをされてしまった。
「こうすれば素直に話してくれるか?」
魔王が俺の方をじっと見る。次の瞬間、俺の体に感じたこともないような衝撃が襲いかかってきた。
それは強くなったり弱くなったりしながらも俺をしっかりと痛めつける。体がびりびりする。周りに光のようなものが舞っているところを見るとこれは雷魔術だ。しかも、俺の傷に沿って流れてくる。
気が遠くなって……いるのは許されないらしい。すぐに別の場所に魔術を落とされ起こされてしまう。
ゆっくり苦しめという事だ。
魔王はその名にふさわしい冷酷な目で俺を眺めている。
では、あの子供は、と魔王妃の方を見ると、扇子を広げて目を細め、楽しそうに笑いをこらえながら俺が苦しんでいるのを見物している。
つい、『ひっ!』と悲鳴をあげてしまった。
なんだよこのガキは! 魔王よりよっぽど怖いじゃないか!
そんな風に怯えていてもこの攻撃が止むわけではない。魔王は俺が真実を話すのを待っているのだ。
「わ、わ……り……ま……」
痛めつけられているせいで上手く話せない。それを見た魔王は魔術を止めた。そして『さあ、どうぞ』というように目で促してくる。
「分かりました。全てお話しします」
俺の言葉に魔王は満足そうにうなずいた。
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