第3話 魔王夫妻
俺の勝ちだ! と思ってたのは魔術を放つまでだった。
俺の放った魔術は、少女に届く前に男によって消されてしまう。おまけに一瞬で魔力を封じられてしまった。さすがは護衛といったところか。でも、どうやらそれでも俺の目の変化は解けていないはずだ。
でも、少女までこっそりと魔術の準備をしているのを俺は見てしまった。
小声だったが、男に魔力封じをされる前に使っていた魔術で詠唱の内容はきちんと聞こえてきた。彼女が唱えていたのは、『相手が放った術の威力を一段階強くした上で跳ね返す術』だ。
十三、四くらいの少女が……、成人もしていないであろうガキがこんな高度な魔術を使えるっていうのか!?
まじまじと少女を見る。彼女の瞳の色は黒だった。つまりこの少女は人間だ。俺みたいに変化をしていなければだが。でも彼女が人間に変化をして得することはない。
と、いうことは、魔族はこんな『人間』まで所有しているということだ。
男が怒りのこもった声と視線をこちらに向けてくる。だが、男が放ってくる殺気が恐ろしすぎて正直なんて言ったのか頭に入ってこない。
ここは恐ろしい場所だ。助けて、助けて、スザンナ!
子供の頃に俺をかわいがってくれた乳母に心の中だけで助けを求める。
出来るならばあの優しい乳母の胸に飛び込んでわーわー泣きたい。でも、こんな恐ろしい魔族だらけの場所では、スザンナはすぐに人質になってしまうだろう。やっぱりいなくてよかった。
俺のびくびくした姿を見た男はふんと鼻を鳴らす。そして周りにいた魔族に目を向けた。
「お前達、魔力封じは相手を確認した上でかけろ。万が一、あの攻撃が王妃に当たっていたら責任とれるのか?」
男が厳しい口調で他の奴らを責める。
え? 今、こいつなんて言った?
『王妃』? 王妃ってどういう事だ? それに何でその言葉を聞いた魔族達が揃って二人に向かって跪いているんだ?
「申し訳ございません、国王陛下。これはすべて私の責任です。王妃殿下、恐ろしい目に遭わせてしまって申し訳ありませんでした」
「大丈夫よ。でも、これからは気をつけてちょうだいね」
「本当に申し訳ございませんでした」
……今の会話、何?
『国王陛下』? 『王妃殿下』?
つまり……この……二人は……。
「国王……だと?」
間抜けにもぽかんとしながら気になる単語を繰り返してしまった。すごくかっこ悪い。口調は偉そうだし。
俺の言葉を聞いて先ほどまで少女の護衛だと思っていた男――魔王――が嘲るような嗤い声を立てた。
よく見ると、頭上には簡易の王冠が乗っているし、胸元にはしっかりと王族の証であるクラバットが結ばれている。俺、何でこれを見逃していたんだろう。
「そうだ。私はこの国の国王、オイヴァ·ヴェーアル。以後、お見知りおきを」
その自己紹介で彼の身分は確実になってしまった。
この国の名前は『ヴェーアル』だと聞いている。王国の国名には基本的に王の姓がつく。そうすることで、『この国は我ら一族のものだ』と示しているのだ。俺の故郷のヴィシュ王国も、大国のアイハ王国も同じである。
そして、魔王は影武者にだとしても自分の大切なフルネームを名乗らせたりはしないだろう。
と、いうのは分かる。分かるけど……何で……何で魔王がこんな所にいるんだよ! 何で堂々と尋問に加わってるんだよ! あり得ない!
『国王』というものは、普通は玉座にふんぞり返って偉そうに命令するものだろう? 違いますかね?
そんな俺の動揺を魔王は口先だけで嘲笑う。
「私が出てこないとでも思ったのか? 愚かな」
馬鹿呼ばわりされた!? 魔族なんかに! 魔王なんかに!
カーッ! と頭の中が熱くなる。
「お、愚かだと!? 女まで連れて! 自慢か!? 見せつけてるのか!?」
とりあえず、思ったことを思い切り口にする。
……何だろう。そんな事を言いながらも『俺は何を言ってるんだ』と理性が呆れている。これじゃあ俺がモテない男みたいじゃないか。確かに俺はモテないけど。
俺は出自が複雑で厄介だからみんな関わりたくないのだ。縁談なんか来るわけがない。これは兄たちから何度も言われている。
何故か魔王が王妃の方を見て咎めるような目つきをした。
どうしてだ? お前が連れて来たんだろう。何が不満なんだ? 意味が分からない。
対する魔王妃の方は何も気にしていない様子で可憐に微笑んだ。
「自慢ですって? 陛下が狙われているのに、王妃であるわたくしが大人しくしていられるわけがないでしょう? ですから同行させていただきましたの」
ふふっ、と、やはり可愛らしい嗤い声をたてる。
こいつ、本当にガキかよ。こんな年からこんなに性格悪くて大丈夫なのか?
やっぱりここは怖い場所だ。もう帰りたい。……刺客としてはこんな考え方はダメなのだろうが。
「それで? あなたは人間なのね?」
……は?
今、魔王妃が変なことを言った。
ち、違うよな。本当にバレてるわけじゃないよな。この子はまだガキだから魔族と人間の区別がついていないだけだよな?
「な、何言ってるんだ! 人間はお前だろう!」
「ええ。わたくしは人間ですわ。あなたもでしょう?」
同じ人間を発見した嬉しさからなのかニコニコしながらそんなことを言ってくる。でも、こんな笑みは俺を追い詰めているようにしか見えない。
でも、俺にはまだ言い訳できるだけのものがある。
「そんなわけがないだろう! この目が何色に見えるんだ!」
ビシッと自分の目を指さす。これで『金色ね』と返ってきたらこっちのものだ。畳みかけてやる。
なのに、魔王妃はそんな俺を嘲るようにくすりと笑った。
「わたくしには、茶色に見えますわね」
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