第2話 檻の中で

 頭がぼうっとする。目を開けるのが辛い。でも、開けなければいけないような気がする。

 俺はゆっくりと目を開けた。


 まず目に飛び込んできたのは鉄柵だった。それが俺の周りを囲んでいる。

 って、鉄柵!? 牢屋か!?


 びっくりして体を起こす。


「痛っ……!」


 また傷に響いたようで体に痛みが走る。でも体を起こさなければならない。そうでなければ状況は分からない。


 魔術の助けを借りながらなんとか起き上がり、状況を確認する。どうやら俺が入れられているのは檻のようだ。

 何で俺は檻の中になんかいるのだろう。


 どうしたんだっけ? と考え、魔王城に潜入しようとして、魔族に捕まったのだという事を思い出す。


 それにしても檻に入れるってどういう事だ。俺はネズミか何かか。チューチュー鳴けとでも言うのか!?

 そう叫びたかった。でも、檻の向こうに大勢の魔族達がいるのを見て口を噤む。『どうぞ』なんて言われたくはない。言われたら屈辱だ。


 俺はしっかりと魔族達バケモノどもを睨む。当たり前だが、そんな抵抗は通用しないようで睨み返された。


「お前、名前は?」

「ウティレ・……っ!」


 いつもの癖で『キアント』と続けそうになり、急いでそれを飲み込んだ。


 急に話しかけてんじゃねえよ、このおっさん魔族め。あやうくフルネームを答えてしまうところだった。気がついてよかった。

 魔族は気にくわない人間を虐殺すると聞いている。今更あの家族に情なんか沸かないけれど、何十人もの死の原因にはなりたくない。キアント伯爵家の人たちは嫌いだが、伯爵領の平民達に悪感情は持っていない。


「苗字は?」

「俺は平民だ」


 昨日まで猛特訓していた魔族語で答える。まだ頭はぼうっとしているが、発音は間違ってはいないはずだ。そして、あえて敬語を使わない。そうした方が平民らしく聞こえるはずだ。


「嘘をつけ。お前さっき言いかけてたろ。いいからフルネームを答えろ」


 しっかり気づかれているようだ。

 でもこの動揺を悟られるわけにはいかない。仕事は全うしなければ。


「本当なんだ。信じてくれ!」


 目をうるうるさせて訴えてみたが、苛立たれたようで檻を思い切り蹴られてしまった。まるで曲芸用の猛獣だ。きっと彼らには人間なんてその程度の存在なのだろう。

 大体、男相手に泣き落としをしたところで通じるわけがないのだ。次姉のカイスリなら上手くいくのに。


 この部屋にいる中で一番偉そうな魔族が通信道具か何かで誰かと話している。応援でも要請しているのだろうか。


 その後もいろいろと聞かれたが、のらりくらりとかわしておく。このバケモノどもには一個たりとも有益な情報など与えない。


 気絶している間に取り上げられていたらしい今回の作戦に使う魔道具の事を聞かれたときはヒヤヒヤしたが、とりあえず必死にごまかした。


 しかし、きつく接してみたり、甘い餌で釣ってみたり、尋問のやり方は人間とあまり変わらないようだ。


 その程度なら何の問題もない。俺は『ウティレという名前の得体の知れない魔族』だとおもわせておけばいい。このバケモノどもにはそれで十分だ。

 それに、その情報の半分は『嘘』なのだ。それも俺をいい気分にした。


「何を笑ってんだ。気持ち悪いな」


 つい小さな声で笑ってしまい、魔族の機嫌を損ねてしまった。また檻を蹴られる。


 それにしてもどこか変だ。

 尋問はしている。でも、普通ならそろそろ拷問が始まってもいい頃だ。

 なのに何もない。


 尋問を受けている俺が言うのも何だが、あまりにも生ぬるい気がする。


 おまけにこいつらは先ほどから何かを待っているように感じる。油断はしないようにしなくては。


 警戒を怠らないように気をつけながら尋問を受けていると、扉の向こうがざわめいた。


 相手の声が大きく聞こえる魔術を使い、扉の向こうの声に集中する。『どうして貴女様が!』と聞こえた。

 『貴女様』という事は扉の向こうに女がいるようだ。


 一人の魔族が部屋に入ってくる。そして、偉そうな魔族に何かを伝えた。かなり焦っているようだ。やはり、予想外の事態らしい。


 部屋の中もどこか落ち着かない雰囲気になっている。


 俺は何が起きているのか分からず、おろおろきょろきょろしている、ふりをする。


 内心では小躍り状態だった。まさか人質になり得る存在が自ら飛び込んでくるとは思わなかった。


 着いてきてしまったのはきっと脳内お花畑の馬鹿女。どうせ罪人が見たい魔族のワガママご令嬢に違いない。


 檻には入れられているが、まだ俺には魔術がある。攻撃して気絶させてからここに転移させて人質にしてやるのだ。女性ならそこまで強くもないだろう。


 檻からは腕くらいは出せる余裕はある。痩せ細るというのも良いことはあるのだ。


 さあおいで、俺の人質ちゃん。


 こっそりと魔術式を用意しながら俺はそっとほくそ笑んだ。


 ドアが開いて入ってきたのは二十代半ばくらいの男と十代前半くらいの少女だった。少女はどこから見ても俺よりは年下だ。まだあどけない笑みがかわいらしい。


 男の方が偉そうな態度をしているが、きっと少女の護衛の為のカムフラージュだろう。


 俺は騙されないぞ。騙されないからな。きちんと全部聞いていたんだよ。バーカバーカ、と心の中で二人を罵る。


 さあ、覚悟しろ、人質ちゃん。


 心の中でそうつぶやいてから俺は用意していた魔術を少女に向かって放った。

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