人間だけど魔族の国に居場所はありますか?
ちかえ
第1章 「魔族の捕虜編」
第1話 潜入
俺は静かに魔王城の庭の一つに転移した。庭と言っても端っこ。誰にも見られないような木の陰だ。
目だけを動かして辺りを見渡すが誰もいないようだ。ほっと息を吐く。ついでに手鏡で今の自分の姿を確認し、一つ頷く。
ここまでは本当に完璧だ。自分を褒めてやりたい。
そしてゆっくりと立ち上がろうとした。だが、すぐに眉を寄せて止まる羽目になってしまう。
「痛……」
顔をしかめる。今の俺の体は傷だらけだ。昨日まで魔族の貴族の配下にがっつりと暴力を振るわれ続けていたのだから。
魔術で痛みを取ってもいいとは思うが、他の事に魔力を使う可能性もあるし、と思って我慢する事にしている。さすがにふらふらする体を支えるためには魔術を使う必要があるが、それも必要最小限にしておく。
今は、自分の大事な任務の事に集中するのだ。
それにしても、暴力を振るわれるのは慣れているけど、食事までろくに与えてくれないなんて、魔族というのはなんて酷いやつなんだ。兄達にさえ、こんな仕打ちを受けた事はない。
俺たち人間に味方する魔族でさえそうなのだ。これから俺が向かうところにいる『魔王』はもっと恐ろしいのだろう。
それでもこの任務は国の平和のために必要なのだ。
それに、こんな大きな任務を成功させたら褒賞されるかもしれない。そうしたらもっと高い地位に行けるだろう。そう考えると口元がにやける。
いや、落ち着け。失敗したら殺されるんだぞ。気をつけないと。
そう思って気を引き締める。
俺にだって魔王が怖いという気持ちは当然ある。
でも、今は夜だ。魔王だって睡眠くらいはとるだろう。眠っている魔王は起きている魔王よりはきっと怖くない。
もし侵入の気配に気づいて起きたらどうしようとは思う。でも、協力者の魔族は俺に痺れ薬をもたせてくれた。魔王と同じ部屋にいる者を捕らえて人質にするための薬。どうやら同室に彼の弱点になる者がいるらしい。
だから大丈夫だ。
とはいえ、魔王の配下——護衛——は分からない。彼らは起きているだろう。幻術で錯乱する作戦を立てているが上手くいくか心配だ。
でも、隠し通路のルートももらったし、きっとうまくいくはずだ。というか成功させなくてはいけない。
俺の友人の一人は、一年近く前に、魔王を倒すために召喚された異世界人——勇者と呼ばれている——に同行して帰って来なかった。
それを考えると怒りが湧いてくる。あいつはいい奴だった。ちょっと気が弱くて俺が守ってやったけど、悪い奴ではなかった。
悔しい。今までどれだけの人間が魔族に殺されてきただろう。許せない。
きっと、魔王は殺された人間の屍を肴に酒を飲んで高笑いをしているに違いないのだ。
魔王め。今に見てろ! その油断が命取りになるんだ!
そう心の中で叫んで自分を鼓舞する。だが、小さく笑ったせいで傷に響いてしまった。痛い。
さっさと潜入しよう。先ほどの鏡できちんと魔族っぽく化けられたのは——瞳の色を変えただけだが——確認した。問題はない。
教えられた魔王の寝室に一番近い隠し通路を目指す。
だが、その扉に手をかけた瞬間、不意にヤバイ気配がした。
ハッとして周りを見渡すと、金色の目の男達が俺を囲んでいた。
魔族だ、と分かる。魔族は全員金色の目を持っているのだ。
「な、何ですかあなた達は!」
とっさに言葉が出る。それが今朝まで嫌という程練習してきた魔族語だったのは良かった。だが、その言葉自体は良くない。『何ですか』ではなく『誰ですか』と聞くべきだった。
確かに魔族は人ではなくバケモノだ。だが、今の俺はその『バケモノ』の姿に化けているのだ。『同族』のふりをするのなら言葉遣いの細かい所にも気をつけないといけない。
「お前こそ何者だ? ここに何の用だ?」
バケモノどもが尋ねてくる。
そう聞かれるのは当たり前だろう。彼らは間違いなく魔王城を守っている者達、そして俺は不法侵入者である。
だが、俺も刺客としてのプライドがある。そんなとぼけた態度など取る気はない。平然としたふりをする。心の中は結構焦っているけど。
とりあえず逃げなくてはいけない。変な言い訳をしても効くわけがないのだ。あの魔族は『魔王の用で来た』と言えと言っていたが、そんなのは怪しまれるだけだ。
なので気づかれないように幻影魔術を使う。予定していた方向とは違う方向に逃げる俺の姿を見せるのだ。すぐに何人かの魔族が引っかかり、幻影の俺を追いかけていく。
いい気味だ。
その隙にさっさと侵入しようと、そっと扉を開け駈け出す。いや、駆け出そうとした。
「……っ!」
急に動いたせいだろうか。傷が痛む。その痛みに顔をしかめた途端、腕をしっかりと掴まれた。
離せ! と叫んでみたが、そんな事で離してもらえるわけがない。
俺の手を掴んだ魔族が顔の前に手をかざした。人間のとは全く違う魔力を感じる。抵抗しようと思ったが、体が言うことを聞かない。
目が開けていられない。頭もぼんやりしていっている。
ぐらりと倒れた俺の体を誰かが抱きとめた。そのまま肩か何かに担がれている感覚がする。
ああ、失敗したんだな。そう考えながらも意識がゆっくりと薄れていった。
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