第38話 藤咲真恋は諦めきれない願いを祈る《真恋視点》

「はぁ、はぁ」


 お姉ちゃんが言葉を詰まらせたのを見て、私は家から逃げ出した。悩んだ末私を拒絶する言葉があの口から出るのが怖いから。ずるいかもしれないが答えを出す時間を与えず、私から一方的に別れを告げた。


「うん、これでいい。もう、諦めた方がいいんだ」


 女同士でなんて、姉妹でなんて、そんな言葉が怖いから三年前までは思いを口にできなかった。お姉ちゃんも、理解者が現れなかったから今まで誰とも付き合わなかったんだ。今はあんないい人がいる。私はお姉ちゃんに必要じゃ――


「っ!……自分で考えただけでも結構くるなぁ」


 昔っからお姉ちゃん一筋だった。他に恋なんてしたことない。つまり、これが初めての失恋ということになる。

 日曜日の朝、テレビでやってた魔法少女物よりも先、生まれた時からすぐそばにいた私の憧れ。何を見ても感じても、お姉ちゃん以上に興味を持てなかった。どんな時だって私のことを助けてくれて、憧れは次第に恋心に変わっていった。きっと、決定的なきっかけは小三のあの時だ。長く幼く盲目的な恋。現実的ではないとわかっていても、求めずにはいられなかった。そんな恋。


「でも、もうそろそろケジメをつけないと。私は高校生、お姉ちゃんは社会人手前」


 もう子供の時のような無邪気な戯れ合いをするような歳じゃない。今じゃなくて、未来を見ないといけない。わかっている。わかっているのに、どこかまだ期待している自分がいる。せめて、きっぱり振ってくれたのなら……


「この気持ちを忘れるまではお姉ちゃんとは距離を置こう。そうだな、お姉ちゃんが結婚……するまでかな?あ、でもあの金髪の人とだと結婚はできないか。なら同棲を始めたあたりで?どちらにしろ、もう私の手に届かないくらいにいってからじゃないと」


 ブブブブブブ

 

 ふと、ポケットに入れていたスマホが着信を告げる。画面を見ると知らない番号からの着信だった。


「誰だろう?……もしもし?」


『もしもし、真恋?』


「っ!……お姉ちゃん?」


『うん、私』


 覚えのない番号に警戒しながら出ると、電話の向こうから聞こえてきたのはお姉ちゃんの声だった。


「……なんのよう?」


『真恋、話したいことがあるの』


「私は話したいことなんかないから!」


 お姉ちゃんに話があると言われ、私は食い気味に叫び電話を切った。


「もう……やめてよ。どうせ結論なんか出ないくせに」


 期待だけ期待させて、どうせ落とされるんだ。三年前のあの時みたいに。きっとお姉ちゃんには悪気はない。自分のことと私のこと、両方考えた上でこうするのが一番と思うことをしてるだけだ。でも、それが私にはたまらなく苦しい。


「高校どうしよ。パパ、近くに部屋借りてくれるかな?いや、やっぱり実家に帰ろうかな?」


 せっかく優しそうな先輩に会えたけど、私はもうこの近くにいたくない。ふとした拍子にお姉ちゃんに会ってしまったら、多分私はおかしくなっちゃう。


「荷物、郵送して貰えばいいか。もうこのまま帰ろう」


 そう結論付け私は駅へ向かおうとして立ち止まる。ここ、どこだっけ?


「お姉ちゃんの家からメチャクチャに走ってきたからなぁ。おかげで振り切れたのかもしれないけど、自分の居場所もわからなくなっちゃった」


 とはいえ私にはスマホがある。地図を見れば簡単に駅へ向かえるだろう。そう考え一度しまったスマホを取り出そうとする私に、青年が近づいてくる。


「君かわいいね〜、ちょっとそこのお店で俺とお話ししない?」


「うるさい、死ね」


「ヒッ」


 お姉ちゃんとのことで神経質になっていたのか、私は話しかけてきた青年に八つ当たりをしてしまった。少し悪いとも思ったが、見たところホストか何かのキャッチなので適当にあしらって正解だろう。怯えている青年のことなんかすぐに頭から抜けた私はすぐにその場を後にしようとしたが、私の前に別のキャッチが二人、私の行手を阻む。


「へぇ、結構上物じゃん。新人にしては目の付け所がいいな」

 

「何?ちょっと急いでるんだけど」


「まあまあそんなこと言わずに」


「そうそう、俺らとゆっくり話し合おう……ぜっ!」


「っ!」


 キャッチの男のうちの片方が私の腕を掴もうとしてくる。先ほどの青年と同じようにあしらおうとしていた私は不意を疲れてしまいあっさり右腕を掴まれる。


「離してっ!」


「え〜、いいじゃん一緒に行こうよ」


「離……せっ!」


「!?〜〜っ!!」


 腕を振り解こうと抵抗するも、流石に力の差がありびくともしない。私はどうにか隙を作ろうと男の股間を蹴り上げる。男は一瞬驚愕の表情をした後にみるみるうちに顔が青くなっていく。その後、私を振り払いその場にうずくまってしまった。


「おい!大丈夫か!?」


「ぐぅ……このガキっ!」


「や、やばそう。警察……っ!」


 男達の様子に私は警察に通報しようとするも、先ほどまでスマホを持っていた右手には何もなかった。地面を見ると、男たちの向こう側に私のスマホが転がっている。それを見て私はすぐさまその場から逃げ出す。


「あっ!あのガキ逃げやがった!」


「もう容赦しねぇ!眠らせて店の奴らでまわすぞ!追え!」


 すぐ後ろから男達の怒声と一緒に犯罪を仄めかす言葉が聞こえてくる。私は背に恐怖を感じながらも知らない道をただひたすらに走って逃げた。


 ♡ ♡ ♡


「はぁ……はぁ……はぁ……」


 しばらく走っていると小さな公園が見え、私はそこの公衆トイレの中に隠れていた。


「おい!ガキはどこだ!?」


「っ!」


「わからねぇ!この辺で消えたはずだ!」


 個室の中で息を整えていると外から男達の声が聞こえてくる。


(お願い、どっかいって)


 私は深呼吸をやめて息を殺し男達が遠くへ行くのを待つ。もう十分は隠れたか、それともまだ数分しか経っていないのか。外の連中はもう離れていったのか。そんなことを考えだした私に、2つの足音が聞こえる。


「おい、あそこの個室閉まってるぜ」


「っ!」


 男の片割れの声に私は身を固くする。


「おいおい嬢ちゃん、こんなとこに隠れてどうしたんだ?ほら、お兄さん達が送ってあげるから出てきなよ」


「……」


「出てこいっつってんだろガキ!」


「ヒッ!」


「やっぱりこの中だ!こじ開けるぞ!」


 私の悲鳴を聞いてここにいることを確信したのか、個室の扉がドンドンと叩かれる。しばらくすると何か道具を持ってきたのかバコン!と一際大きな音と共に扉の蝶番が外れる。


「また会ったな、ガキ」


 外れた扉の向こうから男達の姿が現れる。片方の男は扉の破壊に使ったのかバールのようなものが握られていて、私が素手で抗えるような状況ではないと言うことをすぐさま理解する。せめてもの抵抗で逃げ出そうとするも、恐怖で足に力が入らない。


「……いや」


「あはははは!さっきはあんなに威勢が良かったのに涙浮かべて絶望してやがる!」


 私の様子を見て男がバールを構えて笑いながら近づいてくる。


「おい、殺すなよ」


「わーってるよ、気絶させるだけだ。でもなぁ」


 私の前で立ち止まった男は笑みを浮かべながら私を見下ろす。


「舐めたガキは躾しないとダメだよなぁ!!」


「っ!」


 今にもバールを振り下ろそうとしている男の姿に私は目を瞑ってしまう。


(お姉ちゃん、助けて……っ!)


 恐怖に支配された中、私はお姉ちゃんに助けを求める。ついさっき、私から拒絶したと言うのに、心の中ではまだ頼り切っている。図々しいにも程がある。叶うはずのない願いを抱える私に――


「私の妹に何してんだ!!」


 最愛の人の声が響いた。


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