第37話 愛する姉はキャッチの青年に怒りをぶつける《複数視点》

「愛純さん、行ってしまいました」


 愛純さんの背中を見ながら私、百合園牡丹は一人自室に取り残されていた。愛純さんの座っていたところには今日の朝、私がダウンが取り残されている。


「また、返し損ねてしまいました」


 私はダウンを拾い上げると、ハンガーにかけもとあった場所へ戻す。三年前から変わらずそこにあるダウンは少しシワがついて熱がこもったように見えた。


「まあ、これでは返しましたね。ダウンの方はまた今度にしましょう」


 二人分入れたココアを飲みながら窓際に置かれた写真縦を見る。幼い頃の私と、仲のいい姉妹が写った写真。大学生活を除いて、私の人生で一番楽しかった時の写真。


「ようやく、元通りになるかもしれません」


 なんだかには嫌われてしまった気もしなくはないけど、それはこれから仲良くなっていけばいいこと。


「とはいえ、手加減するつもりはありませんが」


 そう写真を見ながら考えていると、視界の端にちらりと白いものが見える。窓の外に目を向けると若干季節外れな雪が降り始めていた。例年に比べて今年の冬はかなり寒いと思ってはいたが、ここまでだとは思っていなかった。


「愛純さん、ダウン置いて行ってしまいましたが大丈夫でしょうか?」


 今日の朝と同じ格好で夜の雪の降る中走る友人の姿を想像する。そういえば、ついさっき見た時はダウンを着たまま走ったせいかTシャツが汗で濡れていた気も……


「……まずいかもしれません」


 そう考え私は残っていたココアを飲み干し急いで家を飛び出した。


 ♡ ♡ ♡


「はぁ、はぁ」


 牡丹の家から飛び出した私、藤咲愛純はスマホの地図に映る青い点を目指して走っていた。


 急いで出てきてしまったため、私がそこへ急いでいる理由は2つ、1つはもちろん早く真恋にあって話したいということ。そしてもう1つはその場所がこの周辺で少し治安の悪い場所だったからだ。昼間通過する分にはなんの問題もない。だが、夜間はホストのキャッチが現れ、コンビニには不良が集まっているような場所だ。

 もう一度スマホの地図を確認すると真恋はまだ同じ通りにいるようで通りを少し進んだところに青い点があった。


「はぁ、ゲホッゲホッ、はぁ」


 普段走らなさすぎてすぐに横腹が痛くなる。気温が低いせいで肺が凍ったかのように痛いし足は疲れが溜まって時折もつれかける。ダウンを着てこなかったせいで濡れたTシャツは私の体温を奪っていくが、ダウンなんか来ていたら走るのに邪魔で仕方がなかっただろう。普段の運動のしなさすぎがここにきて悔やまれている。


 妙な格好で走る私を見て周囲の人は怪訝そうな顔を浮かべるが、余裕のない私にはそんな視線全く気にならない。そんな人々も目的地に近づくにつれ少なくなっていく。走り始めて10分、ほとんど通行人がいなくなったあたりでようやく目的の通りが見える。周りのお店が閉まっているなか、この通りだけは昼夜が逆転したかのように明かりが眩いほどにぎらついている。私はもう一度スマホの地図を見てここにまだ真恋がいることを確認してから通りへと足を踏み入れた。


「はぁ、はぁ……ふぅ」


 通りへ踏み入れた私は見逃しがないように歩みを遅め、上がっていた息と心臓を落ち着かせる。通りには肩や足を露出させた女性や、スーツを着こなしたチャラチャラとした男性の姿があり、仕事終わりと思われるサラリーマンや女性を店へと連れ込んでいた。中には、年齢的に合法なのか怪しい女の子も働いていたりしたが、今の私にはそれを気にする余裕はないため意識から外して考える。


 スマホの地図を見ると、ここから少し進んだところを左折して少し進んだところで青い点が止まっている。真恋がこの通りから出たことに安堵する一方、なぜか止まっている真恋に不安を覚える。息は整ったのに心臓の鼓動だけが一向に治る気配がない。私は再び足を早め地図に表示された場所へと急ぐ。


「真恋……どこ?」


 目的地に辿り着くと周囲も真恋の姿はない。ここもまだ通りの一部なのか時折キャッチと思われる人たちが見える。もう一度地図を見るも、青い点はいまだにここを指し示している。どういうことなのか理解できず、私は混乱の中にいた。


「もしかしてもうお店に連れ込まれて……」


 そう考え周囲のお店を見回していると、何者かから私に声がかけられる。


「おねえさ〜ん、そんな格好でどうしたの?よかったらうちのお店で暖まらない?」


「あ?」


「ヒェ」


 道端で立ち止まっていた私に目をつけたキャッチの青年が声をかけてきたが、切羽詰まっていた私は不機嫌さをひとかけらも隠さずその声に反応する。それを見てキャッチの青年は怯えてしまったようだ。


「真恋、どこなの?」


 私は再び周囲を見回す。私に絡んでくる気なんてなくなったのか周囲のキャッチは皆露骨に私から目を背ける。話しかけてきた青年も「今日は散々だな、さっきの黒髪の子も他のやつに横取りされたし」なんて声を聞き流しながらもう一度スマホを――


「ねえ」


「ヒッ、な、なんでしょうか!?」


「その女の子、どんな格好だった?」


 私に声をかけられ怯える青年にそう聞くと、青年はびくつきながらもそれに答えてくれる。


「え、えっと、暗くてあんまりよく見えませんでしたが、黒いダウンを着たウルフカットの女の子だったと」


「その子、どこにいた?」


「あ、あそこです!」


 私は青年が指差した場所を見ると、道端に何やら落ちている。近づいて拾い上げてみると、それは真恋のスマホだった。


「……どこ?」


「な、なんでしょうか?」


「真恋はどこって聞いてるの!!」


「ヒィッ!?」


 顔面蒼白になっている青年に私は追い討ちとばかりに怒りと苛立ちを質問と共にぶつけた。

 

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