第36話 愛する姉は愛しの妹から逃げない
「なるほど、妹さんが今日のお出かけについてきていて、それで私が愛純さんの彼女だと勘違いしたんですね」
「うん、そう言うこと」
私の説明を聞き終えた牡丹がなるほどと言ったふうに頷く。あらかじめ責任を感じる必要はないと言ったからか口には出さないが、その表情からは多少の責任を感じているのが分かる。
「妹さんは、いつから愛純さんのことを?」
「ちゃんと言葉で聞いたのは昨日。でも、多分ずっと前からだと思う」
「愛純さんは、その……妹さんとはどうなりたいんですか?」
「私は、真恋とは仲直りしたい。でも……私が真恋と付き合うわけにはいかない」
「それはなぜですか?」
「真恋は自分の気持ちを勘違いしてる。だから、その気持ちには応えられない」
「勘違い……ですか」
「うん。このままじゃ、真恋はきっと将来後悔する」
「だから妹さんの勘違いを正したいと……妹さんも勘違いの原因に心当たりは?」
「多分私」
原因はおそらく三年前、私のしたことが原因で真恋が自分の気持ちを恋心と勘違いしてしまった。
「私、真恋とは昔っから普通の姉妹以上に仲が良かったの。でも、三年前に私が真恋にキスしちゃって、そのせいで真恋は自分の気持ちを恋心だと勘違いさせちゃったんだと思う」
「キッ!?……まあ、どういう経緯だったのかは聞かないでおきますけど。確かにそれが原因かもしれませんね」
「やっぱり牡丹もそう思う?」
「はい……ですが、それが勘違いかは分かりませんね」
「えっと、どう言うこと?」
牡丹は私の考えに同意するも、それが真恋の勘違いかはわからないと話す。私は言っている意味がわからず、どう言うことかと聞く。
「単純にそのとき愛純さんに惚れたかもしれないと言うことですよ」
「そんなことはないと思うけど……」
「本当にそう言い切れますか?一目惚れじゃなかったとしても別の可能性だってありますよ。例えば、もともと惚れてたけど自覚してなくって、キスされてそれに気づいた、とか」
「本当にそんなことあるの?」
「あるんじゃないですか?」
「ないですか?って………」
牡丹にしてはいい加減な言葉に私は少し呆れて目を細める。それを見た牡丹が微笑む。
「それなら、妹さんの様子から考えたらどうですか?」
「真恋の?」
「はい、例えば、ただの勘違いなら考えられないような行動とか」
そう言われると1つ心当たりがある。昨日の夕方の事、あの乱れた真恋の姿。ただの勘違いであんなことまでするだろうか?
「いや、それも含めて、真恋は勘違いしてるんだと思う」
「……なるほど」
思わず溢れた私の否定の言葉に、牡丹は何か理解したように頷く。
「愛純さんは、逃げる言い訳が欲しいんですね」
「え?」
「妹さんの気持ちを勘違いってことにして、まともに向き合わないことを正当化してるのかと思ったのですが、違いますか?」
「は!?そんなことないし!そもそも、私は真恋の気持ちに向き合ってるからこう悩んでるわけで」
「そうですか?向き合ってるなら逃げたりなんかしないのでは?」
「逃げたのは真恋だよ」
「愛純さんも逃げてるでしょう?今日の朝、あんな薄着で何十分も早く着いてたのは家で何かがあって飛び出してきたからでは?」
「っ!」
「それに、本当に向き合っているのなら、最初から妹さんの気持ちを否定するなんてことしなかったはずです」
「……」
牡丹の言葉に図星を突かれ私は返す言葉もなかった。そんな私を見て牡丹は微笑みかけてくる。
「怖かったんですよね、また、三年前と同じ失敗をすることが。それならもう、触れないほうがいい、そう思ったんですよね?」
「……」
「でも、それは愛純さんのためにはなるかもしれませんが妹さんのためにはならないですよ?想像してみてください、もし、愛純さんが大好きな妹さんから理由も聞かされず拒絶されたらどう思うかを」
「っ!」
「恋愛と親愛、それぞれ形は違うかもしれませんがそれでもどちらも愛していることに変わりはありません。愛純さん自分の愛を否定されて、逃げずにいられますか?」
「……」
「……ココア、冷めてしまいましたね。新しいのを淹れてきます」
私を気遣って牡丹が退室する。私は、真恋にひどいことをしてしまったこと、それを牡丹に言われるまで気づけなかったことで塞ぎ込みそうになるも、真恋の方が傷ついているのに何言ってるんだと無理やり心を持たせる。思い返してみれば自分は昔から自己中心的な考え方をしていたのかもしれない。真恋の側になるべくいたのも自分が一緒にいたかったから。真恋の心を頭ごなしに否定したのも自分が傷つきたくなかったから。真恋のためとか言っておきながら結局は全部自分のためだった。
私はスマホを取り出し電話帳のアプリを開く。目的の人物を探していると、そのすぐ下に思いもよらない人物の名前があった。真恋の電話帳を知らない私ができるのは、母に頼み込んでコンタクトを取ってもらうことだけだ。そう思っていた私の目に飛び込んできたのは、『藤咲真恋』の文字だった。すぐさま連絡しようと電話番号を押そうとして、私の手は止まる。この携帯から電話しても出てくれないかもしれない。私は、牡丹の部屋から廊下に出ると、リビング近くに置かれていた固定型の受話器に番号を打ち込む。数コールほど時間を置いてから、プツッと言う音の後に周囲の環境音と思われる音が向こうから聞こえてくる。
『……もしもし?』
またしばらく時間を置いてから、電話の向こうから真恋の怪訝そうな声が聞こえてくる。
「もしもし、真恋?」
『っ!……お姉ちゃん?』
「うん、私」
『……なんのよう?』
「真恋、話したいことがあるの」
『私は話したいことなんかないから!』
そう一言だけ言うと、真恋は電話を切ってしまった。もう一度電話をかけるも今度は繋がることはない。これで手詰まり、そう思った私はその場に座り込みそうに――
「……諦めないから」
私はすぐにスマホを取り出し、電話帳を見る。誰か、真恋の行き先を聞き出せそうな人はいないか。母や父にお願いしてもすぐに見破られてしまうだろう。頼めるとしたらそれ以外の人、そう考えながら電話帳を見るも、ピンとくる人物はいなく一周してしまう。私の目には再び『藤咲真恋』の文字が映る。交換した覚えのない真恋の連絡先。できるとしたら真恋だけ、一体いつ交換したのか。そもそもなんのため。答えを知るために真恋の行動を1つ1つ思い出していた私にもう1つ、疑問が湧いてくる。
「そもそも、今日真恋はどうやって私を見つけた?」
行き先は伝えてなかったはずだ。偶然と言われればそこまでだが、どうもそんな気はしない。だとしたらどうやって――
「そういえば」
私は一度電話帳を閉じ別のアプリを開く。連絡先を共有してる相手と位置を共有できるアプリ。普段、家族にもあわず、唯一の友人だった牡丹との待ち合わせ場所も大体決まっていた私にとって使う機会はなく、存在そのものを忘れかけていたアプリ。もし、真恋が自分の位置共有を切っていたら、私から知ることはできない。そもそも、私から逃げるなら切っているのが自然だ。でも、家を飛び出して行った真恋はかなり動転していた様子だった。もしかしたら位置共有を切り忘れているかもしれない。私は、一縷の可能性に欠けてアプリを開く。
「愛純さん、廊下で何をしているのですか?ココア入りましたよ」
「ごめん牡丹、私行くところあるから!」
「え?ちょっと愛純さん!?」
驚く牡丹を置いて、私は地図上に表示された青い点の元へと走り出した。
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