第34話 藤咲真恋は愛する姉の本音を聞く

 ケーキ屋を出て歩くこと50分ほど、お姉ちゃんたちは自宅最寄駅から3駅離れた駅で止まった。確かここはお姉ちゃんの通っている大学の最寄駅、何故か徒歩で移動したお姉ちゃんは少し疲れた様子だった。


「なんで歩いたんだろ?大学近くだし、定期あるはずなのに」


 そんなことを考えながらお姉ちゃんの様子を見ていると、落ち込んだり嬉しそうな顔をしたりとコロコロと表情が変わる。


「なんの話を……」


 距離が遠いせいで話の内容が聞き取れず焦ったい思いをしていると、お姉ちゃんたちはどこかへと歩き出す。


「追いかけないと……っ!」

 

 今度こそ見失わないようにと追いかけようとすると、前方を歩いていたお姉ちゃんが急にこちらの方へ振り向く。私はすぐさま物陰に隠れた。


「……見つかってないよね?」


 少しだけ顔を出して確認すると、お姉ちゃんはすでに前を向いて歩き出していた。バレていないことに安堵して息を吐く。


「やっぱり、近づきすぎるのは危ないな。もうちょっと遠くから見てないと」


 そう結論づけた私は、ギリギリ見失わないギリギリの距離でお姉ちゃんたちの追跡を再開した。


 ♡ ♡ ♡


 数時間後、私はお姉ちゃんたちを追いかけて某娯楽施設のバッティングセンターへと来ていた。金髪の人は、バッターボックスに入って空振りを繰り返していて、お姉ちゃんは周囲を警戒するように見回している。時折、私の方に視線が向くため、監視し続けるのが難しい。


「お姉ちゃんはバッティングしないのかな?」


 そう思いながらもう一度顔を出して確認しようとすると、カキーン!という大きな音と、『ホームラン!』という音声が場内に鳴り響く。音の発生源を見ると、金髪の人が少しそわそわした様子で光るホームランボードと手元のバットを見比べていた。状況を理解した金髪の人は興奮したようにお姉ちゃんに話しかけていた。


「すごいなあの人。さっきまで全く当たってなかったのに」


 金髪の人に話しかけられたお姉ちゃんは、周囲を見回していたせいでその姿を見ていない。それを追求されたのか、金髪の人からあからさまに顔を逸らしていた。しばらく問答が続くと、今度はお姉ちゃんがバッターボックスへ押し込まれる。


「ナイス金髪の人!」


 私は嬉々としてスマホのカメラを構える。バッターボックスに入ったお姉ちゃんは少し不満げながらもバットを振る。その様子を私はカメラに収めていた。


「来てよかったなぁ」


 きっとお姉ちゃんにお願いすればそれくらい撮らせてくれるかもしれないが、それじゃあ自然体のお姉ちゃんじゃない。私は私を気にしてないお姉ちゃんの写真も欲しいんだ。


「ふう、いいもの撮れたなぁ」


 お姉ちゃんのバッティングが終わり、私は自分の写真フォルダに追加された写真を『お姉ちゃんアルバム』に追加しながら1つ1つ眺める。


「ってそうだ、こんなことをしてたらお姉ちゃん達をまた見失っちゃう」


 先ほどまでは地図上である程度位置がわかっていたが、この建物の中のどこにいるかまで特定するのは困難だ。一度見失ったら面倒なことになる。


「っ!あの人、またお姉ちゃんの手を……いや、それより……」

 

 私は再び顔を出しお姉ちゃん達の方を確認すると、金髪の人が再びお姉ちゃんの手を握っていた。しかも二人の顔は、今にもくっつきそうなほどに近かった。そんな光景を見せられた私の胸は締め付けられたかのように痛くなり、鼓動が早くなっていく。体から血の気が引いていくような感覚もする。気づいた時にはすでに何分も時間が経過しており、すでにお姉ちゃん達はどこかへ去った後だった。


「は、早く追わないと……」


 そう考えたが、数歩踏み出したところで私の足は止まってしまう。お姉ちゃんの様子はきっと私のことに気づいていたからだ。お姉ちゃんのことは好きだし私のことを思っていて欲しいが、こんな形で思っていて欲しいわけじゃない。それに――


「もし、あの人がお姉ちゃんの恋人だったら……」


 私はそれを知りたくない。事実だろうと杞憂だろうと、それを明かすのが怖い。だから、私の足は動かなくなってしまった。


「……もう帰ろう」


 施設の入り口に引き返そうと体の向きを変える。先ほどとは違い、踏み出した足は止まることはなかった。施設を出た私は沈んだ気持ちの中、お姉ちゃんのダウンを着て不安と寂しさの気持ちを紛らわせながら1人、トボトボと元来た道を引き返していった。


 ♡ ♡ ♡


 時刻は午後の5時半、すでに陽の沈みかけている中、私はエコバックいっぱいの食材を方にかけながら帰路についていた。某娯楽施設から出た後、あまりに気持ちが沈みすぎて頭の働いていなかった私は電車で帰ればいいものをわざわざもう一度徒歩で帰っていた。しかも行きとは違い、歩くスピードもノロノロとしていたため余計時間を食ってしまい、もう1つの目的の買い物を済ませた頃にはもうこんな時間になっていたのだ。


「……はぁ、こんなんじゃダメだよね。もっとポジティブにいこう」


 あまりの醜態に私は気休めでもいいからと気分を切り替えることにした。


「そもそも、まだあの人がお姉ちゃんの彼女と決まったわけじゃないし。たまたま距離が近いだけの人かもしれないし」


 なんの証拠もなく希望的観測にすぎないが、それでも今の私には十分効果があった。沈んでいた気分が少しずつだが回復してくる。


「そもそも、日頃からそばに入れる私の方が何においても有利だし。うん、違いない。そうだ、今日の夕食は凝ったもの作ってお姉ちゃんの胃袋を鷲掴みにしちゃおう!」


 そんなことを考えていると次第に楽しくなってくる。洋風にしようか和風にしようか、はたまたそれ以外か。今日買ったもので最大限美味しいものを作るにはどんな献立がいいか。そんなことを考えているとだんだんと足も軽くなってきて、気づけば家についていた。


「ただいまー!」


 扉を開け、声をかけるも中なら返事はない。まだ帰ってないのかとも思ったが、靴箱にはお姉ちゃんが履いていた靴が入っていた。


「お姉ちゃん?」


 そう声をかけながらリビングへ入ると、私の部屋の扉が半開きになり、そこから光が漏れているのが目に映る。


「あ!まっずい!」


 あの部屋には私の秘蔵お姉ちゃんアルバムがある。それが見つかればどう言い訳をすればいいのか。私は慌てて部屋に駆け寄り、そこで聞いてしまった。


「どうにかして、真恋を私から離さないと……」


「……へ?」


 明らかな拒絶の言葉を。


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