第32話 藤咲愛純は愛する妹と初めての喧嘩をする
「真恋、随分外向的になったんだな」
日記には中三の後半からしか書かれてないが、友人や部活でのことが書かれていた。それに、日記には親友までいると書かれていた。真恋の親友なら一度挨拶したかったな。東京に引っ越してるって書いてるし、私も会えるだろうか?
「でも、やっぱり私が原因で真恋の行動を制限しちゃってる」
真恋は部活も、恋愛も、進路も、全部私中心で決めている。もし真恋が私に執着してなければ友達とも離れ離れにならなかったかもしれない。もっと真恋に合った部活があったかもしれないし恋人だってできていたかもしれない。すでに真恋の人生に大きな影響をもたらしてしまっている。
「このままじゃ高校でも同じ事の繰り返しになっちゃう」
私に合わせて一ノ瀬高校に進学したとはいえ、あの高校は偏差値も高いし設備も部活も充実している。昨日はいい先輩とも会えてたし、私への執着がなくなればいい学校生活送れるはずだ。
「どうにかして、真恋を私から離さないと……」
ドサッ
「っ!」
急に入口の方から何やら物が落ちる音がする。反射的に振り向くと、そこには真恋の姿があった。
「あ、真恋」
「……」
部屋の入り口に立つ真恋は顔を伏せていて表情が読み取れない。しかし、肩を震わせ、拳を握りしめているその姿から怒っているように見えた。
「ごめん、勝手に部屋に――」
「楽しかった?」
「え?」
勝手に部屋に入って日記を見たことに怒っているのかと思い謝ろうとすると、真恋がそう呟いてこちらへ歩いてくる。
「彼女さんとのデート、楽しかった?」
「……なんの――」
「今日一緒にいた人のことだよ!」
身に覚えがなく聞き返そうとすると、真恋は顔を伏せたままそう叫ぶ。
「金髪の、ギャルっぽい人!」
「あ、牡丹のことか」
「……そう、牡丹さんって言うんだ」
真恋が述べた特徴から、先ほど『彼女』と称したのが牡丹のことだとわかる。
「あのね真恋、別に牡丹は私の彼女じゃないよ」
「嘘つかないでよ」
「別に嘘なんて――」
「嘘だよ、だって私見てたもん、今日一日お姉ちゃんが牡丹さんとデートしてるところ」
「っ!あれ、真恋だったの?」
どうやら真恋は私の跡をつけていたようで、時々感じていた視線や影は真恋だったようだ。
「お似合いじゃん。よかったねお姉ちゃん、彼女さんができて」
「だから彼女じゃないって」
「2人きりでケーキ食べて遊んで、あの距離感で彼女じゃないって嘘だよ」
「だから嘘じゃないってば」
「……やめて」
真恋の言葉にもう一度否定する。それに対して真恋は小さく拒否の反応を示す。
「やめてって、真恋は結局どうしたいの?」
「……お姉ちゃんの彼女になりたい」
「っ!……ならさ、私に彼女がいないってのは真恋にとっていいことなんじゃないの?それをなんで」
「違う」
「違うって何が?」
「私は……優しくされたいわけじゃない」
真恋が何を嫌がっているのかわからず直接聞いてみるが、真恋は優しくされたくないと言い、ますます意味がわからない。
「気遣って欲しいわけじゃない。むしろ、気遣うならそう言うのはやめてほしい」
「何を……」
「牡丹さんと付き合ってるから私とは付き合えないんでしょ?」
「だからちが――」
「それを私に話したくなかったから、私を落ち込ませたくなかったから私からお姉ちゃんが好きって心を無くしたいんでしょ!?」
「はあ?何それ?」
全く心当たりのない発言に思わず言葉が乱れる。
「だから今日、突き放すように家を出ていったんでしょ?私知ってるよ、寒そうな格好で何十分も待ってたの。本当は時間がないなんて嘘だったんだって」
「それは確かにそうだけど……」
「それだけじゃないよ。私、さっき聞いちゃったもん。『どうにかして、真恋を私から離さないと』って。それって、私と距離をとって私に諦めさせようとしてるんだよね?」
「っ!違う!私はそんなこと考えてない!」
「ならさっきのはなんなの!?」
「それは、真恋のためを思って」
「なら付き合ってよ!そしたら全部解決するんだから!」
「……」
「やっぱり、ダメなんだね……」
そこで、お互い無言になる。空気が冷めていくと同時に頭も冷静になっていく。思えば、こんなふうに喧嘩をするのは今日が初めてかもしれない。そう考えてると、ポツポツとフローリングに水滴の落ちる音がする。私はすぐに、それが真恋の涙だと分かった。
「真恋……」
「お姉ちゃんは優しいね。でも、優しすぎるよ……だから期待しちゃう」
そう言って真恋は初めて顔をあげる。涙で赤く腫れた目で私をじっと見据える。
「ねえお姉ちゃん」
「……何?」
「お姉ちゃんのことが好き」
「うん、知ってる」
「お姉ちゃんがいれば、もう他のものなんてどうでもいい」
「……そっか」
「うん、だからね、ここで答え出して……んっ」
「んむっ」
そう言い終わると真恋は私を引き寄せキスをしてくる。舌を入れない、唇を合わせるだけのキス。真恋はすぐに唇を離し、私の肩に手を置いたまま言葉を続ける。
「お姉ちゃん。好きです、付き合ってください」
「私は……」
「やっぱり、お姉ちゃんには無理だよね」
どう答えるかに悩んでいると真恋は、そうなるのが分かりきっていたかのようにすぐに肩から手を離した。
「……袋の中、食材だけは買ってあるから。あとで作って食べて」
「真恋?」
「……さよなら」
「っ!!待って、真恋!――うわっ!」
意図の読めない真恋発言に私が声をかけると、真恋はそう一言だけ発した後に部屋から走り去ってしまう。それを見て私は急いでその後を追いかけようとするも、部屋の入り口に置かれた荷物に足を引っ掛け転んでしまう。すぐに立ち上がり真恋の後を追って玄関に行くも、そこにはもうすでに真恋の姿はなかった。
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