第26話 藤咲愛純は新作ケーキの試食をする

 牡丹の家、『Lily garden』についた私たちはいつもとは違う裏口から入る。


「ただいま帰りました」


「お邪魔します」


 牡丹の家の一階は『Lily garden』の店舗部分と厨房がほとんどを占めており、裏口の先には小さな洗面台と階段、厨房へと続く扉があるだけだ。


「ああ、藤咲さんいらっしゃい」


 私たちの声を聞いて、厨房から顔を出した牡丹の父、彦一さんが出迎えてくれる。


「いつも娘のわがままに付き合ってくれてありがとう、失敗作ばかりで飽きてしまうんじゃないか?」


「もうお父さん!失敗作じゃなくて試作品ですから!それに、私の作ったものもお店で採用してるじゃありませんか!」


「20個に1個で、私の手直し込みだがな」


「お父さん!」


 私のことなど忘れたように二人が言い争いを始めてしまう。牡丹が父の言葉を正し、それを彦一さんが揶揄う。相変わらず仲のいいようだ。


「大丈夫ですよ彦一さん、私も楽しみにしてますし」


「そうかい?それならよかった。これからも娘をよろしくお願いするよ」


「余計なこと言わなくてもいいですから!愛純さん、早く行きましょう!」


 そう言って牡丹は私の手を引っ張って階段を上がって行く。


「今度私の試作品の試食してくれるかい?」


「愛純さんは私専属です!」


「今度いただきますね」


「愛純さん!」


 私たちの背中に投げかけられた彦一さんの牡丹はそう言って断るが、私は快く請け負う。牡丹には悪いが、私はスイーツが好きなのだ。一流のパティシエの試作なんて食べないわけにはいかない。

 二階部分は居住部となっていて、リビングやキッチン、牡丹の部屋も2階になっている。牡丹の部屋へ案内された私は、少しむくれている牡丹に少し待つように言われいつも使っているクッションに座って待つ。流石にさっきのは怒らせてしまっただろうか?二分ほど待っていると、牡丹がマグカップを2つ乗せたお盆を手に部屋へ戻ってくる。


「お待たせしました。ホットのココアです」


「ありがとう!」


 牡丹から受け取ったココアをクピクピと飲む。長時間薄着で外にいたせいで冷え切っていた私の体にじんわりと熱が伝わる。


「ふぅ、生き返る」


「ブランケットもどうぞ」


「お、気が利くね」


「愛純さんがそんな寒そうな格好だからですよ」


 そう言いながら牡丹はブランケットを渡してくれるが、その顔はまだむくれていてそっぽを向いている。どうやらまだ怒っているようだ。


「牡丹」


「……なんですか?」


「私は牡丹のケーキも美味しいと思うよ」


「……はぁ、今日はこのくらいにしておきましょう。いつか私のものが一番と言わせてみせますから」


「それは楽しみだな」


「ケーキ持ってきますね」


 再び席を立った牡丹とはまだ目が合わなかったが、その足取りは先ほどよりも軽く見える。どうやらご機嫌は取れたようだ。


 ♡ ♡ ♡

 

「改めまして、今日は来てくださってありがとうございます」


「全然いいよ、私も楽しみにしてたし」


「私も愛純さんの意見が聞けて助かります」


「じゃあ、おあいこだね」


「ですね」


 二人でそんなことを話して笑ながら私はローテーブルの上に置かれたケーキへと目を向ける。


「そうだ、この前愛純さんが買い損ねてたいちごのショートケーキも持ってきましたよ」


「本当?実は少し気になってたんだよね」


 お盆いっぱいに乗せてきたケーキはおそらく新作であろう見たことのないケーキの他にも前に試食をした時に見たものなどもある。店頭に並んでいるものもあるのは比較用だろうか?


「牡丹的にはどれが自信作?」


「そうですね。旬ということもありますが、このデコポンの入ったチーズケーキはうまくできたと思います」


「そっか、じゃあこれは最後に取っておいて……まずはこれかな?」


 そう言って私は店頭に並んでいたいちごのショートケーキの乗ったお皿を手に取る。この前は食べ損ねてしまったので、少し楽しみだ。


「いただきます!」


 一口食べてみると、甘酸っぱいいちごの果汁が口の中に広がる。


「どうですか?」


「美味しい!」


「それはよかったです。それでは次はこちらの試作品のいちごのショートケーキをお願いします」


「はーい」


 私は牡丹に差し出されたもう1つのショートケーキも口にする。


「どうでしょうか?」


「うーん……美味しいけど、やっぱりお店の方が美味しいかな」


「そうですか……」


「多分クリームがしつこいんだと思う」


「なるほど……次お願いするときは配分を変えてみますね」


 私の意見を聞いて牡丹は手に持ったメモ帳を書き込んでいる。研究熱心なことだ。次来るときはもっと美味しいショートケーキが食べられるだろう。


「それじゃあ次は何食べようかなぁ」


「たくさんあるのでゆっくりどうぞ」


「それじゃあ牡丹も一緒に食べよう。私一人だと食べきれないよ」


「そうですか?それじゃあお言葉に甘えて」


「……それに太っちゃいそうだし」


「……一口サイズに切り分けますね」


「うん、お願い」


 その後、大学や春休みの間の話をしながら牡丹が一口サイズに切ってくれたケーキをひとつづつ試食していった。一口づつとはいえ結構な種類の量を食べたので少し運動をした方がいいかもしれない。牡丹が持ってきたケーキはカットされたもので、おそらく冷蔵庫にはまだ試作品のホールがあると思われるが、それは気にしないことにした。

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