第25話 愛する姉は愛しの妹から逃げる

 着替えてからリビングへ行くと、テーブルの上には二人分の朝食が並べられており、キッチンでは新しいマグカップにコーヒーを入れる真恋がいた。真恋はドアの音で私に気づいたようで、リビングに入ってきた私の方へ振り向く。


「おはようお姉ちゃん、2回目だけど」


「……おはよう」


 若干身を固くしながらそう返事をすると、真恋は目で席につくように促してくる。先に顔を洗いたかったが先ほどのこともあり逆らうのを躊躇った私はおとなしく従って席に着く。


「はいお姉ちゃん、コーヒー」


「あ……ありがとう」


「ふふっ、そんな警戒しないでよ」


「あはは……」


 真恋の指摘を愛想笑いで誤魔化しながらコーヒーを啜る。いつも飲み慣れているはずのコーヒーが、今日は風味どころか苦味すら感じられない。向かいに座る真恋から視線を逸らしつつ、スマホでニュースアプリを起動する。企業のPRやどこどこの駅で猫が駅長になったなどのニュースを読み飛ばしながら朝食を口にしようとするも、席に着いた時にはあったはずの朝食の姿がなかった。テーブルの上を見渡すと、向かい側に二人分の朝食を近くに置いた真恋の姿があった。自分の分を取ろうと手を伸ばすと真恋がその手を阻んでくる。


「あの……真恋、朝ごはん欲しいんだけど」


「うん!ちょっと待ってね」


 私が真恋にそう言うと、真恋は待ってましたと言わんばかりに箸で朝食をつかみ始めた。


「はい、あーん」


「……あーん……あむっ」


 またかと思いながらも真恋の差し出した朝食を食べる。真恋の作った朝食の味に舌鼓を打ちながら私は真恋にあーんをするために箸を探すも、テーブルの上には見当たらない。

 

「あれ?私の箸は?」


「それって必要?」


「え?だって、真恋にあーんするのに必要じゃない?」


「お姉ちゃん、そんなに私にあーんしたかったの?」


「いや、だって毎回そうするじゃん」


「ふーん、まあ今日はしてもらわなくてもいいよ。それはお姉ちゃんを堕としてからのお楽しみにしておく」


 そう言って真恋は再び朝食をつかみ取り、私の方へ差し出してくる。


「あーん」


「……また?」


「あーん」


「ねえ真恋」


「あーん」


「はぁ、あーん……あむっ」


 一歩も引かない真恋に諦め再び口にする。


「美味しい?」


「まあ、美味しいけど……」


「本当?……あむっ」


「ちょ……っ!」


 私から感想を聞き出した真恋は私にあーんをした箸で別の皿から私にあーんしたものと同じものを食べる。


「うん、美味しい」


「そう、よかったね……?」


「うん。よっと、はい、あーん」


「ま、真恋!それ真恋が使った箸。っていうか私に使った箸で――」


「あーん」


 私の箸がいらないと言ったのはこう言うことだったのだろう。真恋は1つのはしで私に食べさせるのと自分で食べるのをこなしていた。つまりそれは――

 

「いや、それって間接キスじゃん!」


「ディープキスまでしたんだよ?今更じゃない?」


「それは真恋がしたんじゃん!」


「最初にしたのはお姉ちゃんだよ?」


「それは……そうだけど!」


 確かにディープキスはしたが、それはそれ、これはこれだ。改めて間接キスなんかされると、不覚にもドキドキしてしまう。

 

「言ったでしょ?お姉ちゃんを堕とすって。だからお姉ちゃんに主導権はないから」


「朝食くらい普通に食べさせてよ」


「それなら私より早く起きてね。それとも、諦めて私の彼女になる?」


「ならないよ」


「私は全然ウェルカムなのになぁ。あむっ」


 真恋はそういいがら自分用の朝食を食べる。私はそれを見ながらコーヒーを啜る。コーヒーだけは自分で飲ませてくれるのが救いだ。


「あ、ごめんねお姉ちゃん待たせちゃって。はい、あーん」


「ねえ真恋、これじゃ時間かからない?」


「私はお姉ちゃんとの時間をゆっくり過ごせて嬉しいよ」


「私もそれは嬉しいけど、今日は時間がないから」


「時間がない?」


 私の言葉に首を傾ける真恋。


「そう、今日は牡丹……大学の友達と約束があるんだ」


 だからね、と言いながら私は席を立つ。


「ちょっとこのまま朝食食べる時間はないから!じゃあね!」


「あ、ちょっと!」


 私は玄関に向かって走り出す。真恋はすぐさま後ろを追ってくる。


「朝食はどうするの!?」


「コンビニでパンでも買う!」


「だからってこんなにすぐ出てかなくってもいいじゃん!」


「それは朝に真恋がキスしてきたからでしょ?それじゃあ、行ってきます!」


 私はそう言って家を飛び出した。


 ♡ ♡ ♡


 真恋には逃げたように見えたかもしれないが、私には実際に用事があった。私は待ち合わせのために駅前でスマホを見ながら時間を潰しす。


「へくちっ、うぅさっむ」


 確かに待ち合わせには少し早かったし、カバンも財布も、それどころか上着の一枚も纏わずに出てきたが、私は決して逃げてはいない。そんな私には、三月の気温はまだ寒く、小さくくしゃみをしてしまう。


「可愛いくしゃみですね」


 私のくしゃみを見ていた牡丹がそう声をかけながら寄ってきた。


「ちょっと寒くってね」


「そんな薄着だからですよ。いつからここにいるんですか?」


「……二十分くらい前から」


「え!?」


 私の言葉を聞いた牡丹が駆け寄ってきて私の頬に手を添える。


「あーぬくいー」


「愛純さんは冷え切ってるじゃないですか!早く私の家に行きましょう!」


 そう言った牡丹は私の手を掴み引っ張って行く。


(本当にぬくいなー)


 私は牡丹の手の温もりを感じながらそれに従ってついて行った。


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