第16話 藤崎愛純は三つ編み少女と買い物する
私は身の危険を感じ、蘭さんから距離をとる。すると、蘭さんは離れた分以上に距離を積めてきた。再び距離を離すも蘭さんはさらに距離を詰める。やはり彼女にははっきり伝えなければダメなのだろう。
「蘭さん、少し離れて――」
「紫音です」
私が離れるように告げようとすると、蘭さんはその言葉を遮る。
「紫音って呼んでください」
「……いきなりはちょっと」
「呼んでください」
「いやでも、今日会ったばかりで」
「呼んで、くれないんですか?」
「ッ!!」
私が蘭さんの要求を拒んでいると、彼女が少し涙目になりながらそう聞いてくる。このまま泣かれるのはまずい、私が通報されかねない。
「……わかりました、紫音さん」
「!はいっ!」
「ふぅ」
私が彼女の名前を呼ぶと、先ほどまでの表情は嘘かのように晴れやかな笑みを浮かべた。私は思わず息を吐く。
「じゃあ次は住所を――」
「流石にそれは無理です」
「……まあ仕方ないですね」
紫音さんの要求を今度はきっぱり断る。また先程のやりとりが始まるかと思っていたが、意外にも彼女はあっさりと引き下がった。
いつの間にかまた受け身の対応になっている。これではコミュニケーションの練習にならない。何かしら話題を降らなければ。
「紫音さんは、今日は何を買いにきたんですか?」
「私ですか?私は今度入学する高校で使うものを色々と、あと一人暮らしも始めるので新生活の準備もですね」
「あ、私と同じですね。私も妹の新生活で必要なものを買いにきたんです」
「……あの、その妹さんって来年から高校生ですか?」
「そうだよ」
「本当ですか!?」
私が妹について答えると、紫音さんは興奮したようにそう聞いてきた。
「私、実は今日は同じ高校に行った先輩に買い物に付き合ってもらう予定だったんですけど、バイトが忙しいみたいで一人で来てたんです。よかったら買い物付き合ってもらってもいいですか?」
話を聞いてみると、その先輩も一人暮らしをしているようで、色々と話を聞いて必要なものを揃えようと考えていたのだそうだ。しかしその頼みの綱の先輩が来られなくなり、途方に暮れていたそうだ。
「まあそれくらいならいいかな」
「!ありがとうございます!」
私も今は真恋との二人暮らしだが、これまで三年間は曲がりなりにも一人暮らしをしてきた。ある程度必要なものはわかる。
それに、ただ雑貨店を歩きながら雑談し続けるのはすでに無理が出始めていた。何かしら話題と目的を作ればある程度話しやすくなるはずだ。
「時間までだけど、何でも聞いてよ」
「ありがとうございます!それじゃあ――」
♡ ♡ ♡
「お姉さん、今日は本当にありがとうございました!」
レジから帰ってきた紫音さんにお礼を言われる。手にはレジ袋2つ分の荷物があった。
「ううん、これくらい何ともないよ。私もいい練習になったし」
「練習ですか?」
「あ、言ってなかったね。私、大学の教育学科の生徒なんだ。高校教師目指してるから紫音さんくらいの人と話せるのは私としてもありがたいんだ」
「そうなんですね!」
そういえばと紫音さんに言ってなかったなと高校教師を目指してることを伝える。それを聞いて紫音さんは納得したようだ。
「それなら、私のことさん付けするのはやめて欲しいです!」
「え?」
「さん付けだと少し距離を感じます!」
「でも初対面だし」
「お姉さん、学校の生徒はみんな初対面ですよ」
「た、確かに……?」
何だか言いくるめられてる感もあるが、何だか紫音さんの言うことも一理あるような気がしてきた。とはいえ呼び捨てにするのはまた違う気がする。とすると最適なのは……
「……紫音ちゃん?」
私がそう彼女の名前を呼ぶ、口にしてみると案外しっくりくるものだ。しかし、なぜか紫音ちゃんからの返事がない。
「紫音ちゃん、どうかした?」
「あ、いえ、思った以上に大胆で少し放心していました」
「ちゃん付けはだめだったかな?」
「いいえ!ちゃん付けがいいです!」
紫音ちゃんの言葉にちゃん付けじゃないほうがいいかと聞くと、彼女はものすごい勢いで顔を横に振りながら否定してきた。
すると、そこで誰かの携帯の通知音がする。
「私ですね……あ!」
「どうしたの?」
「さっき話してた先輩がバイト終わったみたいで、これから一緒にご飯食べないかって」
「それじゃあ今日はここで解散しようか、私もそろそろ時間だし」
近くの時計を確認すると、現在時刻は12時35分、集合時間の10分前だ。
「そうですね、それじゃあお姉さん、今日はありがとうございました!」
「紫音ちゃんもありがとう、高校頑張ってね」
「はい、またいつか!」
そう言って紫音ちゃんは走り去っていった。私は紫音ちゃんの後ろ姿が見えなくなるまで彼女を見送る。
「最初はどうなるかと思ってたけど、以外といい子だったな」
「誰が?」
「それはもちろん紫音ちゃん――」
そこまで話して私は素早く振り向く。そこには買い物カゴを持った真恋が立っていた。真恋は笑みを浮かべているがその表情はどこか暗いものを感じる。
「ま、真恋、怒ってる……?」
「別に、怒ってなんてないよ」
「そっか、よかっ――」
「別に、私を差し置いて女の子とデートしてたくらいで怒ってなんかないよ?」
「……怒ってるよね?」
「怒ってないよ」
私が再びそう聞くも、真恋は怒ってないの一点張りだ。明らかに怒っている真恋はそのままレジの方へと歩き出す。
「待ってよ真恋、ごめんって」
「……お姉ちゃん、なんで私が怒ってるかわかってる?」
「え?えっと……真恋だけのけものにしたから?」
「……お姉ちゃんなんて知らない!」
私の言葉を聞いた真恋は再びレジへと歩みを進め始める。私はなぜか怒っている真恋を宥めながらその後をついていった。
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