第7話 藤咲愛純は友人に褒められる
「それじゃあこの期間限定のいちごたっぷりのショートケーキを1つ」
「いちごたっぷりのショートケーキください!」
「「へ?」」
私の声に続いて、店内にもう1つ声が飛ぶ。声の方向を見ると、先ほど母親にケーキをねだっていた女の子が私と同じケーキを注文していた。
「あ、あの、えっと……」
私と注文が被ったことに、女の子は困ったような表情をしている。しかし、ショーケースの中にはイチゴのケーキは1つしかない。
「……じゃあ私はチーズケーキにしようかな」
「へ?」
「ほら、イチゴのケーキが食べたかったんでしょ?お店のお姉さんに注文してきなって」
「……!う、うん!」
私がそう言うと、女の子の顔はパッと晴れ、注文をするために牡丹の元へ駆け寄って行った。ツインテールがまるで犬の尻尾のように揺れていて、まるで彼女の心情を表しているようだった。女の子は母親から持たされたであろう千円札をカルトンに乗せ、元気な声で注文を言う。
「いちごたっぷりのショートケーキください!」
「はーい、ちょっと待ってねぇ。ケーキはお店で食べる?」
「うん!」
「それじゃあ、席で待っててねぇ」
牡丹は手早く清算を終えお釣りを女の子に返すと、これまた手慣れた動作でお皿にケーキを盛り付け、イートインスペースまでそれを持っていく。私は、牡丹が戻るのを待つ間改めてショーケースの中身を物色する。しばらくすると、接客を終えた牡丹が戻ってきた。
「お待たせしました、愛純さん」
「ううん、大丈夫。私、敬語以外の牡丹見たの初めてかも」
「そうですか?妹たちに話しかけるときはああ言う感じなのですが」
「あー想像つく、優しいお姉さんって感じしたもん」
私がそう言うと、牡丹は優しげな微笑みを浮かべてから私の頭を撫で始める。
「愛純ちゃんも偉いですねぇ、子供にケーキを譲れて」
「ちょっと、やめてよ。もう二十歳超えてるんだよ?」
「うふふ、偉い偉い」
「だーかーらー、やめてってば」
「ごめんなさい、ちょっとからかいたくなってしまいました」
「もう……やめてよね」
そう口では否定したものの、内心かなり心地いいものがあった。あの包容力はやばい、あと十秒撫でられていたら取り込まれているところだった。
「って、それより注文。モンブランとチーズケーキ、あとマカロンの4個セットも頂戴」
「承りました、一人でお買い物できて偉いですねぇ」
私がお代をカルトンに乗せてそう言うと、牡丹がまたからかってくる。
「だからやめてってば……」
「すみません、いじめ過ぎちゃいました。すぐ準備するので少し待っていてください」
そう言った牡丹は、流石に業務まで私情を持ち込む気は無いのか、それ以降は一言も言葉を交わさずテキパキとケーキを箱に詰めた。
「はい、お待たせしました。妹さんとのパーティー楽しんでくださいね」
「ありがとう、また今度ね」
「はい、また今度」
私がそう言ってお店を出ようとすると、イートインスペースの方から声がかかる。
「あ!お姉ちゃん!ありがとう!!」
そちらを見ると、先ほどの女の子が母親の膝の上から手を振っていた。母の方も話をきたのか申し訳なさそうに私にぺこりとお辞儀をした。私はそれに小さく手を振って返し、『Lily garden』を退店する。
「少し話し込んじゃったし、早く帰らないと」
私はそう言ったものの、駅前のコンビニでワインに合いそうなおつまみを買っていく。また五分ほど時間を食ってしまったので、今度こそ早く帰るために少し早歩きをしながら家までの道を戻る。
見慣れたマンションに到達し、入り口のオートロックを外そうとしたところで私は気づく。
「あ、私鍵持ってきてなかった」
マンションのオートロックは部屋の鍵で開く仕組みになっており、その鍵を持っていない私には開けることができない。
「うーん、どうしよう」
最悪他の人が来るまで待つしか無いか、でもそれだと完全に不審者だしなぁなんて考えていたところ、私は真恋の存在を思い出す。
「そうじゃん、今なかに真恋がいるんだから、真恋にあけて貰えばいいんだ」
私は鍵を刺す台座に取り付けられたテンキーに自分の部屋番号を打ち込み、呼び出しを始める。十数秒ほどしたあたりで向こう側からの応答があった。
「……お姉ちゃん?」
「あ、真恋!よかった。お姉ちゃん鍵忘れちゃって入れなくなっちゃって」
「もー、お姉ちゃんはおっちょこちょいだなぁ。それで、私が迎えに行けばいいの?」
「ううん、そこからあけられるはずだから、インターホンの右側のボタン押してみて?」
「えーっと、これかな?」
その声が聞こえた後、私の横のオートロックの扉が開いた。
「ありがとう、真恋!」
「もう、これからは気をつけてね」
その声が聞こえた後、部屋との通話が切れる音がした。私は扉が閉まらないうちにマンションの中へ入り、そのままエレベーターへ乗り、私の住む五階へ向かう。
「あれ?そういえば真恋ってどうやって家の前まで来たんだろ?」
そういやあの引越し業者の人も、突然玄関まで来てたな。と考えていると、いつの間にか家の前までたどり着いていた。私は一度その疑問を棚に上げ、玄関の扉を開ける。
「あ、おかえりお姉ちゃん」
「……」
「どうしたのお姉ちゃん?不思議そうな顔して」
「いや、挨拶っていいなって思って」
「もう、なにそれ」
真恋はケラケラと笑っていたが、私は本気でそう思っていた。この三年間、家に帰っても一人だった私はすでにただいまという習慣すら抜け落ちていた。ほとんどシャワーと睡眠のためだけにあるような家だったので、別にそれでも私は寂しいとは感じなかった。でも、家に帰ると誰かがいるという事は、それだけでこんなにも心をあっためてくれるのか。
「真恋」
「ん、なに?」
「……ただいま」
「ふふっ、おかえりお姉ちゃん」
この日からここは、私の帰る場所へ、私たちの家へとなった。
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