第5話 シスコン姉妹は仲直りする

「姉さん、お風呂あがった……って、なんで泣いてるの?」


 リビングで泣き続けていると、いつの間にか真恋がお風呂を上がっていた。


「あ゙、ま゙ご、お゙がえ゙り゙」


「すっごい声枯れてるけど大丈夫?」


「ゔん゙、だ゙い゙じ゙ょ゙ゔぶ゙」


 私は真恋にそう応えてからテーブルの上のコップから水を飲む。泣き叫んですっかり枯れてしまった喉に水分が染み渡る。水はすでにぬるくなっていたが、泣き腫らして熱くなった私の体を覚ますにはそれでも十分だった。


「んっんっ……ぷはっ、あー生き返ったー」


 深呼吸をして心臓を落ち着かせてから目についた涙を拭うと、心配そうに私を覗き込む真恋と目が合った。


「ごめんね真恋、心配させちゃって」


「ううん、大丈夫……うーん?」


 真恋は、今度は不思議そうな表情をして私の周囲を回り始める。一通り眺め終わると、やっぱり、と呟いて何やら考え始めた。


「真恋、どうしたの?」


「どうしたの、はこっちのセリフだよ姉さん。私がお風呂に入ってる間で何かあった?」


「ん?何が?」


「それは私が聞いてるんだけど、なんというか……憑き物が落ちた感じ?ちょっと昔のお姉ちゃんっぽい」


「……バレちゃってたか」

 

 なるべく取り繕っていたつもりだったがどうやらばれていたようだ。


「……真恋、昔私が真恋にキスしたのは覚えてるよね?」


「うん、いきなりのことで驚いたから。今でも鮮明に覚えてるよ」


「私ね、それで真恋に嫌われたと思ってたの」


「……だからあの後私と会ってくれなかったの?」


「そう、嫌われてたらどうしよう。トラウマになってたらどうしようって。真恋に会うのが怖くて、それで三年間も会いに行けなかった」


「じゃあやっぱり……」


 私はこの三年間、どうして会いにいかなかったのかを打ち明ける。


「真恋がうちに住むって話ね、私も賛成だよ」


「……え?ほんと!?」


 真恋は私の話を聞いて同棲の話を断られると思っているのだろう。私も先ほどまでは、この家は真恋に明け渡してアパートでも借りようと思っていた。

 でも今は違う。真恋が私のことを好きと言ってくれたから。まだ本調子とまではいかないが、少しずつ元通りになれるように頑張ろうと思っている。


「私も真恋とは一緒にいたかったから」


 理性に抑圧されていた本心を真恋に告げる。今まで怯えていたのが嘘かのように口にすることができた。


「よかったぁ。姉さん、いきなり上京する時も起きたらもういなくて見送なかったから、私てっきり嫌われてると思って」


「ッ!!」


 真恋の言葉を聞いた瞬間、私は彼女を抱きしめていた。


「……姉さん?」


「ごめんね真恋、勝手にいなくなっちゃって、寂しかったよね?」


「あっ……」


 思えば私は自分のことばかりで真恋のことなんて考えてなかった。もし真恋がいきなり私の前からいなくなったら私はどう思うか、少しでも想像すればわかることだった。


「私、真恋にキスして嫌われたと思って、それで実家から逃げた。その後も、どんな顔して会えばいいかわからなくて、それで三年間も先送りにしてた。それで結果はこれ、私は真恋を傷つけてた。バカだよね、真恋を傷つけたくなくって顔を合わせなかったのに、それが続けば続くほど真恋を苦しめてたなんて」


「ねえ、さん……」


 初めからこうしてればよかったんだ。自分が受け入れられる可能性も、傷つく可能性も、全て飲み込んで真正面からこう言えばよかったんだ。


「好きだよ真恋。世界で一番、あなたが大切」


「お、ねえ、ちゃん……ううっ……私もね、私も、お姉ちゃんが好き!大好き!世界で一番好き!!」


「真恋、ううっ、わぁぁぁ」


 さっきまで私のことを姉さんと呼んでいたのがお姉ちゃんに戻っている。真恋も私との距離感が掴めなくて無理していたのだろう。

 気づけば私たちは二人で泣き合っていた。多分三年間分の涙だったと思う。思えばこの三年、私は感情を押し殺したように生活していた。ふとした瞬間に決壊するのが怖かったから。その反動が、今この瞬間に現れた。


「ねえ真恋」


「何?」


「私たち元通りの関係に戻れるよね?」


「私たちなら元通り以上の関係になれるよ」


「そっか、ふふっ、そうならいいな」


 こうやって自然と笑えたのも随分と久しぶりな気がする。こんな些細なことでも思い知らされる。今まで真恋のためにと思って過ごしていたのが、本当は自分の活力に、生きがいになっていたのだと。私は妹がいないと何もできない、どうしようもない末期のシスコンになっていたのだと。


「真恋、明日はどうしようか?」


「うーん、生活用品とか揃えないとだし買い物に行きたいな」

 

「それなら近くのモールにショッピングに行こうか、真恋の服とかいっぱい買ってあげる」


「本当!?でもお金大丈夫なの?一人暮らしだしそんな余裕ないんじゃ……」


「大丈夫、心配性のお父さんが仕送り余分に送ってきてたし、それに私趣味とかなくってお金使うあてがなかったし、実は結構な貯金があるんだ」


「それじゃあお姉ちゃんの化粧品とかも買おう!さっき洗面台見たけど化粧水くらいしかなかったじゃん」


「私のはいいよぉ」


「ダメだよ、お姉ちゃんせっかく綺麗なんだし」


「……真恋と一緒にならいいよ」


「じゃあ明日は最初に洋服屋さん行っておそろコーデにしよう!」


 互いに気持ちを打ち明けて、仲直りすることができた。やっと私たちは元通りの姉妹になることができた。










 

 この時はまだ、そう思っていた。

―――――――――――――――――――――――――――――――――


面白い!続きが読みたい!と思ってくださった方は是非ともブックマーク、☆、❤️をお願いします!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る