第4話 不安な姉は愛しの妹と話し合う

「こんにちは〜、クロコ引越しセンターで〜す」


「――は?」


 チャイムに呼ばれ、玄関を開けた私の目に飛び込んできたのは引越し業者の青年と大量の段ボールの山だった。


「あのーこれは?」


「あれ?藤咲さんのお宅で間違い無いですよね?」


「ええ、そうですが……」


「よかった!こちらお届け物です!」


 そう言って青年は私に何やら携帯端末を見せてくる。そこには確かにここの住所と私の名前が載っていた。


「何がどうなって……」


「あ、もう来たの?早いね〜」


 私の背後からやってきた真恋が段ボールの山を見てそう言う。


「……もしかしてこれって真恋の?」


「うん!午後の配送だし明日になるかもって思ってたけど、今日中に届いてよかったー」


 そう言いながら真恋は青年の持つ端末にサインをした。


「それで、こちらお部屋に運びますか?」


「……」


「もしもし?」

 

「……はっ、えーっと、荷物ですよね?」


 真恋の発言に呆然としていた私は青年の呼びかけで目が覚めた。玄関前に積み上がっている段ボールはサイズも数もそこそこだ。本来なら引越し業者の人に運び込んでもらうべきなのだろう。だが我が家は完全な汚部屋だ、こんな部屋を見せるわけにはいかない。


「いえ、私たちで運ぶので廊下の壁際に邪魔にならないように置いといてください」


「そうですか?わかりました!それじゃあ失礼しま〜す」


 私が必要ないと告げると、青年はこっちの気も知らずラッキーとばかりに上機嫌に去っていった。


「それで、この荷物何?まるで引越しじゃない」


「まるでっていうか、その通りだよ?」


「――は?」


 私が真恋に問うと、真恋はその通りだと返してきた。


「今日から私ここに住むの、最初に私、『』って言ったでしょ?」


 そこで私は初めて、真恋がなぜ私この家に来たのかを知った。そんな私を見る彼女は、まるで悪戯が成功した子供のような笑みを浮かべていた。


 ♡ ♡ ♡


「ふぅ、やっっっっっと運び終わったね」


 最後のダンボールを物置に置いた真恋がそう言ってひたいの汗を拭う。

 

「もともと真恋が事前に教えてくれてたらこんなことにはならなかったんだよ」


「あはは、それはごめんって」


「笑い事じゃないよまったく……」


 まだまだ健康な真恋はいいかもしれないけど、勉強漬けと不規則な生活リズムで鈍った私の体にこの重労働は非常に応える。

 

「ご飯冷めちゃったね」


「温め直すから座ってて」


 私は真恋と自分のカレーを持って電子レンジへ向かう。先に真恋のカレーを入れ、カレーを温め始める。


「それで、引越しってどう言うこと?」


「どうって、そのままの意味だよ」


「そうじゃなくって、なんで引越するのかってこと。なんの理由もなく引っ越しなんてしないでしょ?」


 私がそう聞くと、真恋は近くにおいていたリュックから何か書類を取り出した。その書類には合格通知と言う文字がデカデカと記載されている。


「これって高校の?どこに通うの?」


「すぐそこの一ノ瀬 」


 一ノ瀬高等学校はここから徒歩10分程度の位置にある公立校だ。


「なるほど、だからここに住むってことね」


「そう言うこと、いいよね?」


 私が理由に納得したのを見て、真恋はそう言ってきた。


「別にいいけど、今日からは無理よ」


「え!?なんで!?」


「だって家汚いから真恋の部屋用意するのに時間かかるし、それに……」


 私の気持ちの準備をするのにも時間がかかる。そう口にしそうになり、咄嗟に言葉を飲み込んだ。真恋との関係を再構築するために、表面上だけでも取り繕わなければならない。


「それなら大丈夫だよ、だって姉さんはここで生活できてたんでしょ?」


「そうだけど、二人で過ごせるほどのスペースは――」


 実際に私の家には二人過ごせるほどのスペースはない。家を掃除するにも丸一日はかかる。だからそれまでは時間を稼げる、そう思っていた。しかし、そんな私の考えは真恋の言葉で打ち砕かれてしまう。

 

「なら姉さんと一緒に過ごせばいいよ」


「ん?一緒に?」


「そう一緒に」


「だからこの家には二人で過ごすほどのスペースは――」


「だから、二人で使えばいいじゃん」


「ん?」


 どうも話が噛み合わない。疑問の表情を浮かべていると、真恋はより詳しく説明を始める。


「だーかーら、二人分ものを置くスペースがないなら、二人で一人分のスペース使えばいいでしょ?」


「え、でもそれって……」


「うんそう、一緒の部屋で、一緒の布団に入って寝るの。それなら新しくものを置く必要はないでしょ?」


「いやでも――」


「何?もしかして姉さん恥ずかしいの?小さい頃はよく一緒に寝てたじゃん。今更恥ずかしがらなくてもいいのに」


「うう……」


 恥ずかしいわけではない。ただ私はどうすればいいのかわからないのだ。真恋と話すだけでも心臓はバクバクと高速な鼓動を立てている。それなのに同じ布団に入るなんて、それだけでも死んでしまうのではないだろうか?それに――


「真恋は嫌じゃないの?こんな姉と一緒に寝るなんて」


「ん?何言ってるの姉さん。嫌なら最初から提案なんてしてないけど?」


「た、確かにそうだけど……」


「それに――」


「……?それに?」


 そこで一度真恋の言葉が詰まる。疑問に感じた私が続きを促すと、真恋は少し恥ずかしそうにはにかながら続きを口にした。

 

「私姉さんのこと大好きだから」


「ッ!!」


「それじゃあそう言うことだから!私、お風呂行ってくるね!」


 真恋はそれだけいうと、風呂場へとかけていってしまった。


「よかった」


 私は真恋の言葉に力が抜け座り込んでしまう。そして、しばらくすると涙が溢れてきた。


「よがっだ、うう……」


 三年間、ずっと積もっていた不安や恐怖が霧散していく。心がスッと軽くなっていく。


「嫌われでなぐて、よがっだ!」


 その日、ようやく私は三年前の私を許すことができた。


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