第16話 特別な存在

 三夜のバンドのマネージャーから、三夜がライブ中に倒れたとの連絡を受け、二都は急いで夕焼けの道に車を走らせた。急いでも二都にはどうにもできないが、急いだ。

 指示された病院の地下駐車場に車をめ、車を降りて、裏口が見える位置に立って待つ。

 ――長すぎる待ち時間を終わらせたのは、大号泣の声だった。

 自動扉の向こうに二つの人影が表れると、裏口のそばに停まっていた大型のバンから、四人の男性が慌てた様子で降りてくる。二都には見覚えがある、三夜のバンドのメンバーだ。

 二つ――いや三つの人影が、自動扉を出ると同時に、四人のメンバーたちに囲まれる。

 囲まれて大丈夫大丈夫と言っているのは三夜、その少し後ろで三夜の荷物を持っている彼はマネージャー、そして三夜にがっちりとしがみついて大号泣しているのは、七那である。

 マネージャーの厚意で、一緒に救急車に乗せてもらったそうだが――。

 七那が、こちらが泣きたくなるほどに苦しそうに泣くので、メンバーは三夜よりも七那の方が心配になってきたようで、三夜も、「不安になりやすい子でさ。びっくりしただけだから大丈夫」と説明している――。

 メンバーたちは三夜と七那を気遣きづかって、程無ほどなくして道をけ、二人を送り出す。

 二都は少し離れた所から、四人のメンバーとぺこぺこと頭を下げ合い、二人を迎える。

 三夜の顔は青白く、頬は機材にぶつけたのか、ガーゼが貼られている。

「ごめん、ニト兄」

 七那をりながら、照れたように笑う三夜の声は、耳をつんざくような哭声こくせいに遮られ、ほとんど誰の耳にも届かない。

須藤すどうさん、ありがとうございます。荷物、後ろに積んでいただけますか」

 三夜は七那を引き摺ったまま、自分の鞄や楽器を抱えてきたマネージャーを振り返って言う。

 二都は須藤ともぺこぺこと頭を下げ合いながら荷物を受け取り、車の荷台に積む。

「須藤さん、すみません。またすぐ連絡します。あ、はい。はい――」

 荷物を積み終えた二都は、須藤と事務連絡をしている三夜から七那をがそうとするが、七那は、この細い体のどこにそんな力があったのかと思うほど強く三夜にくっついており、何をしても剥がれない。

「ナナ、ほら、車乗るよ」

「いやああああああああああああああああ!」

「ナナ、ちょっとだけ……」

「いや! サヤ兄がいい! サヤ兄! サヤ兄いいいいいいいああああああああああああ!」

 大きな声を出し慣れていない七那の喉はすでに潰れて、がらがらとあやうい音を立てている。

「ナナ……」

「やだああああああああああああああああああああああああああああ!」

 ――七那が三夜になつくようになったのは、いつからだっただろうか。

 もちろん、他の兄たちとも仲は良いのだが、三夜だけは七那にとって特別なようで、気付けばべったりだった。

「ニト兄、ありがと。俺がやるよ」

 振り返ると須藤はもう、メンバーたちが乗ってきた車に乗り込むところであった。

「いや、でも」

「大丈夫、大丈夫」

 三夜も細いのに、体調も悪いのに、七那を軽々と抱き上げて、後部座席に座らせる。

 二都は他にどうすることもできず、運転席に乗って、二枚のガラス越しに須藤とメンバーたちとぺこぺこと頭を下げ合い、車を発進させる。

 高速道路に入る頃になってやっと、七那は疲れたのか、苦しそうにしゃくり上げながらも、うとうとし始めた。

「ちょっと疲れがまってただけだって」

 暗い車内でルームミラーに映る三夜は、七那の汗と涙と鼻水をタオルで拭きながら、微笑ほほえんでいる。

「あと、あっちこっちぶつけただけ。楽器も、ちょっとキズ入ったけど、ガワだけだから大丈夫。それと、一週間くらい休みもらったよ」

「そう……」

「そんなことより」

 三夜は、七那の崩れた前髪を指先でそっと直す。

「ナナに、申し訳ないことした」

 三夜はタオルを畳んで膝に置き、手の関節が白くなるほどに握り締める。

 七那の気持ちは、常に三夜にっている。

 二人が小さい頃からずっと、三夜が元気ならば七那も元気だし、三夜が風邪かぜを引いて学校を休めば、七那も頭が痛くなって学校を休んだ。

 三夜が高校を出て音楽の道に進むと決めた頃にも、七那は学校を休みがちになった。

 思えばあれは、三夜が、優秀な両親と兄たちのいる家にいて、自分だけがそのような道に進むことに対して悩んでいた、というのも一つのきっかけだったのかもしれない。

 だが、そうなると、三夜は七那のために、いつだって元気でいなければならない。

 七那だって、一生、三夜だけに頼って生きるわけにはいかない。いつかは世界を広げて、自分の足で立てるようにならなければ――。

 二都がふとルームミラーを見ると、三夜も、七那に寄り添うようにして眠っていた。

 だが、二人とも、苦しそうであった。

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