第14話 メイク・アップ

 夏。

「カラースプレーするか?」

 今日は、三夜の所属するバンド『FleaOSフリオス』のライブ。出発前、七那は三夜の部屋のドレッサーで、とても好きな時間を過ごしていた。

「いい。サヤ兄より目立ちたくない」

 七那は鏡に映る自分から目をらしながら、断固とした口調で言う。

 三夜の髪は黒だが長め、七那は高校の校則すれすれの長さの短髪・黒髪である。しかし、それでも色を付けたら、三夜より目立つと思うのであった。

「俺ぁ十分目立つよ。編み込み入れてるし、ピアスも」

 三夜は自分の顔を鏡に映して、左側頭部や耳を指差す。『FleaOSフリオス』はメジャーデビューをしているとはいえ、メンバーは全員二十代前半で、まだまだ駆け出しだ。単独ライブの経験は少なく、今回のライブも対バン(複数のバンドが交代で出演する)形式で、狭い楽屋を複数バンドが共用で使うため、メイクのスタッフはなかなか入れない。経済的にも厳しいため、メンバーは全員、自力でメイクをしている。

「よし、ちょっと立ってみ」

 顔と髪のメイクが終わったら、姿見すがたみの前で全身の確認である。

「ん、いいね」

 七那は三夜に似てか、このごろ身長が伸びてきて、三夜のお下がりの服がよく似合った。

「サヤ兄より目立つ」

 七那は、鏡に映る自分の爪先の辺りを見つめて、ぼそぼそと言う。三夜は現場でメイクの仕上げをするのだが、七那はその後でもきっと、自分の方が目立ってしまうと思うのであった。

「結婚式じゃねえんだから、似合ってればいいの。楽しければいいの。な?」

 三夜は七那の細い肩を持って、鏡のこちら側の七那の顔を覗き込む。

 七那は、間違いなく大好きな笑顔を直に見て、すぐに目を逸らす。

 三夜は、七那が一生かけても届かない所にいるのに、七那に嫉妬しっとの気持ちは湧かなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る