無口なあの子は

第13話 三夜と七那

 春。

「どうした」

 廊下に向かって声を掛けると、そろりと扉がひらく。

 しかし、顔を覗かせた七那は、三夜が楽譜とペンを手に机に向かっているのを見ると、急いで扉を閉めようとする。

「宿題か」

 扉が閉まりきる前に、三夜がのんびりと言うと、扉は再び開いて、申し訳なさそうな七那の上目遣うわめづかいが覗く。

「おいで。一緒にやろう」

 もじもじしている七那を部屋に入れ、さっきまで自分が座っていた椅子に座らせて、自分は隣のスツールに座る。

 楽器と額入がくいりのジグソーパズルに囲まれて落ち着かないのではと三夜は少し心配しているが、七那は、そんな三夜の部屋が好きなのであった。

「どこが分からなかった」

 黙って机の天板てんばんを見つめている七那にたずねると、七那は肩を丸めて数学のテキストを開き、「ここ」とだけ言って、ある一問を指差す。

「これか。どの辺りまでやってみた? ノートは?」

 七那はもぞもぞとノートを出して、ほぼ真っ白のページを開く。

「お、最初の式は書けてるじゃないか。すごいな」

 三夜がそう言うと、七那は恥ずかしそうに顔をうつむかせる。

 だから、七那の笑顔は三夜でもあまり見たことが無かったが、見えなくても、笑っているのならいいのだ。

「あぁ、そうだな、この次からは少し難しいな。でも、一つひとつ、ゆっくりやれば大丈夫。な」

 三夜が軽く背中を叩くと、七那は頷いて、ペンを握る。

「いいか。こういうのは、まず、ここを見るんだ――」

 昨年のバンドのメジャーデビュー前まで、三夜は個別塾講師のアルバイトをしていたので、この程度のことは朝飯前である。

 七那は黙って三夜の話を聞き、自分の力で、白かったノートを埋めていく。

 三夜が褒めると、七那は三夜の見えないところで笑う。

 ナナ。

 無理に友達なんか作らなくていい。

 先生と話せなくてもいい。

 俺がいるから。

「サヤ兄が、いるから。な」

 七那は顔を上げて、少しきょとんとして、それから、笑った。

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