第12話 二回目

 ころりろりん。

 就寝前、着信音がして四磨が携帯電話を見ると、健五から個人的にメッセージが届いていた。

 通知の文言は、『kengo♪が写真を送信しました。ほか五件』である。

 何だこんな時間に、とは思いつつも、可愛い弟からのメッセージなので、四磨はベッドの中ですぐにそれを開く。

 メッセージの一番上は――。

『ニトにーちゃんの日記だよ☆』

 他人の日記を勝手に見ておいて、それを兄弟とはいえ他人に拡散するなど、最低レベルに趣味の悪い奴だ――そんなことを考えながらも、四磨はつい、その下に送られてきていた写真を見てしまう。

 一枚目の写真は、A6サイズのノートの一ページをうつしたものであり、そこには、大きな、大人っぽくも丸っこい字で――。

『二〇六一年、四月二十日。今日、お向かいのおうちが取り壊されてしまった。空き家だったとはいえ、おじいさんとおばあさんとの思い出があるからか、寂しい。でも自分より、ケーイチ兄ちゃんの方が落ち込んでいるように見えた――』

 四磨は恥ずかしくなって最後まで読めずに、二枚目の写真を見る。

『二〇六一年、七月九日。サヤから、最近ケーイチ兄さんが疲れているようだから、弁当に栄養のあるものを入れてやってと言われた。任せて。明日は、りんごをうさぎさんにして、ハムはお花にして、卵焼きはハートにして、たんぱく質も野菜もたっぷりのおかずを、ぎゅう詰めにするぞ――』

 三枚目の写真には、

『二〇六一年、十月二十二日。シマとケンゴとミロクと買い物に行った。買い物から帰るとサヤが、ケーイチ兄さんが何だか嬉しそうだったと言っていた。何があったのだろう――』

 四枚目の写真には、

『二〇六二年、三月十四日。お返し、すごく喜んでもらえたって。手伝ってくれてありがとうって言われたけど、嬉しい気持ちにさせてもらったから、こちらこそありがとうだよ、ケーイチ兄ちゃん。幸せになってね――』

 五枚目は、

『ケーイチ♡ヒトミ 祝♡カップル成立♡♡♡』

 と書かれた、健五の変顔写真。

「なんでお相手の名前知ってんだよ」

 まあ、健五のことだし、大方おおかた、頂き物に入っていたメッセージか何かを読んだか、蛍一の携帯電話を覗き見たか、だろう。

 四磨は、『ニト兄ちゃんとケーイチ兄ちゃんに謝っとけよ』とだけ返信して携帯を閉じようとしたが、せっかくなので、健五の変顔写真は保存しておこうと思い直し、再びメッセージアプリを開く。

 日記の写真の一番下にある変顔写真をタップして、『アルバム【健五】に保存』を選択する。

 それから何となく、写真を保存したアルバムを開いて――。

 内心で、首を傾げる。

 アルバムの【11月】のサムネイルに、さっきの二都の日記のページを撮影した写真があるのだ。

 日記はさすがに保存していないし、十一月にそんなものを送られたとは――。

 健五が自分の携帯電話を勝手にいじくったという説を立てながら、四磨は十一月のアルバムを開く。

 は?

 それは、声にも表情にもならなかった。

『二〇六一年、四月二十五日。今日、お向かいのおうちに女性が引っ越してきた。榎本さんという方だ。若いのに、何だか疲れた顔で、独り身だという。少し心配だ――』

『二〇六一年、七月三日。榎本さんにお野菜を持っていくと、とても喜んでくれる。無理して笑っていないか心配だが、今日もまた、トマトを持っていってしまった――』

『二〇六一年、九月十日。榎本さんの下の名前は、平仮名で、ふたばさんというそうだ。とてもよく似合っていると思う――』

『二〇六一年、十一月十七日。自分は本当に、ふたばさんのことが好きになってしまったようだ。今日、お芋を持っていった時に、勢いでデートに誘ってしまった――』

『ニト♡フタバ 祝♡初デート大成功♡♡♡』

 間違いない。二都の字と、健五の変顔写真だ。

 二〇六一年――今年度だ。

 しかし、二都に、気になる女性がいるような様子は一切無かった。

 そして何より、向かいの家は取り壊されている。

 どういうことだ、ケンゴ!

 叫ぼうとしても、叫べなかった。

 手が勝手に動いて携帯電話の電源を切り、枕元に置いた。

 ケンゴ? ニト兄ちゃん?

 頭はぐるぐる回るのに、まぶたはひとりでに閉じていく。

 暗闇の中、意識が消える直前、四磨は思い出す。

 そうだ。

 今年度の四月からの一年間、何かが引っ掛かっていた。

 違和感――というには足りない、気付かぬ間にできていた黒子ほくろに気付いて首を傾げるような、奇妙な引っ掛かりを。

 思えば、その変な感覚を特に強く覚えたのは、家の前の更地や、何事も無かったかのように自分たちの世話をする二都を見た時だ。

 しかし、それは頭の中でも言葉にならず、四磨はただ、いつも通りの一年を過ごしていた。

 いつも通り――。

 いつも通りの、いつもの、終わらない二〇六一年を、だ。

 四磨は今、二回目の一年を過ごしている。

 それに――。

 一回目にも、おかしなことがあった。

 あの地図。

 道の無い、あの地図は何だったのだろう。

 兄弟たちは、気付いているのか?

 今すぐにでも、確認しなければならない。

 なのに、目を開けられない。

 手を動かすことも、声を出すこともできない。

 四磨はいつも通り、部活と自主トレーニングの疲れと共に、眠りに落ちた。

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