第11話 荷物検査

 冬。

 二月十四日。

「はっ」

 健五が、息を呑む。

 全員の帰宅後の鞄の中身をチェックしていた健五が、いま手を突っ込んでいるのは、蛍一の通勤鞄である。

「こ、これれ、こここここれはあぁ……」

 健五の震える手に掴み上げられたのは――。

「本命だな」

 三夜が、ラッピングの外の紙袋しか見ていないのに言う。

 その紙袋は、飾らない、ほぼ無地のものだったが、保冷機能が付いており、上部が閉まるようになっていた。複数人に配るには向かない、保冷が必要なほどの本格的なもの――つまり、本命だ、という訳である。

「う、うわわわ……」

 健五は既に紙袋を開け、その中にも手を突っ込んでいる。

「こーら。ケーイチ兄ちゃんのでしょ」

 二都が健五の頭を小突こづき、本命チョコを取り返すと、リビングに入ったところでたたずんでいる蛍一の所に持ってくる。

「素敵な人からもらったんでしょ。大事にしな」

 蛍一は呆然ぼうぜんとして二都の顔を見ていたが、やがて、ぐっと喉を鳴らして頷き、元のように閉められていた紙袋を受け取る。

「ニト……」

「なあに、ケーイチ兄ちゃん」

 二都は、エプロンの、ひよこちゃんがたのポケットに手を入れて、兄の言葉を待つ。

「今度、お返し、作るの、手伝って……」

「もちr」

「ニト兄ちゃんとケーイチ兄ちゃん、お菓子作るのぉ!」

 ぽつぽつと言葉を並べた蛍一と笑顔で頷こうとした二都に、何かが突進して、上の兄二人と何かは一緒に床に倒れ込む。

「ねえ卵使う? そしたらさあ、ねえ、白身焼しろみやき作るぅ? ねえねえ!」

 兄二人に乗っかっている何か――弥六は、製菓で卵の卵黄らんおうを使った際の、残りの白身だけを目玉焼きと同じように焼いた、『白身焼き』が大好物なのであった。

「弥六、飛び掛かったら危ないだろ。三人とも、大丈夫か」

 絡まって藻掻もがく三人を、四磨が一人ずつ剥がして助け起こす。

「白身焼きぃ……」

「うん、今からでも作ってやるから。ニト兄ちゃん、腰、大丈夫か。ケーイチ兄ちゃん、足、大丈夫か。頂き物は。うん、弥六、白身焼き作るから。あぁ大丈夫か、良かった」

 保育園の先生のような二都と、可愛い弥六と、誰よりも兄らしい四磨と、その奥で楽しそうにしている健五と、ニヤニヤしている三夜と、三夜の陰からこちらを観察している七那と。

 一か月後、お返しを作るときにも、また騒がしくなるに違いない。

 彼女を弟たちに会わせたい。蛍一ははっきりとそう思って、その場面を想像し、笑った。

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