第5話 ハイカロリー・ブレックファスト

 秋。

「ニト兄ちゃん、どうした」

 四磨が朝食のトーストをかじりながら、心配そうに二都の顔を覗き込む。

 二都の顔は青白い色――いな、十人の小学生が図工の時間に一緒に使っている筆洗ひっせんに溜まった水の色をしている。

だよ!」

 健五がスプーンを振り回すので、自家製いちじくジャムがそこいら中に飛び散って、壁紙やらカーテンやら弥六の眼鏡の大ぶりなレンズやらに、あまり芸術的とは言えない染みを作る。

「ね、ニト兄ちゃん! ふたばちゃんと、おデートなんだよね!」

 ふたばちゃん――向かいに引っ越してきた彼女の名前は、榎本ふたば、といった。

「ちっ、違う! なんで知ってる!」

 否定と肯定こうていを同時にした二都の顔の、絵の具ごた混ぜ色に、赤が多めに加わる。

日記にっき見た! それに今、ニト兄ちゃん認めたし!」

「ううううるさいっ! そして日記を見るなっ!」

 二都は健五が振り回していたスプーンを奪い取り、いちじくジャムの瓶に突っ込んで、ジャムの残りを全て健五のトーストにぶっかけ、それをうるさい口にぶち込んで黙らせる。

「ニトにいは恋愛経験少ないんだから、そっとしといてやんなよ」

 少食の三夜は、コーヒーをすすりながら、健五よりもさらに配慮の無い発言をする。

「るさいっ!」

 二都は三夜のブラックコーヒーに、砂糖とミルクをどばどばとぶち込む。

「少ないっていうか、ゼロだよな? 俺たちの面倒見てばっかりでさ……。あれ、俺が知らないだけ?」

 四磨の皿に、追加のソーセージが十本やって来るが、それは四磨への罰にはならなかった。

「おデートぉ」

 弥六はいちじくジャムに視界を奪われたまま、桃色になったほっぺたを押さえて、んふふーと笑う。

 その弥六の前の皿には、弥六特製・オレンジマーマレード&焼き納豆&味無しかき氷トーストがっている。二都はそこに、新鮮なルッコラを追加する。

「おめでたいことだよ。ね、みんな」

 蛍一は、全生物の苦しみを消し去る顔で笑って、兄弟たちを順に見る。

 みんなが頷く中、七那が珍しく口を開く。

「よかったね」

「るしゃーーーーーーーーーーーーい!」

 全員の朝食をハイカロリーにして、全員を安全に送り出してから、二都は人生初と思われるデートへと出かけた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る