第4話 日常の中で

 夏。

「そうだ」

 二都は生協の注文をしつつ、ふと思い出す。

「榎本さんね、朝谷区あさたにくから来たんだって。サヤの、たまに使ってる方の練習スタジオがあるところだよ」

 二都はあれ以来、野菜をお裾分すそわけするのを口実に、彼女とよく話すようになっていた。

「そこでお仕事もしてたけど、辞めて、こっちでのお仕事はゆっくり探すって」

「へえ」

 今は夏季休暇中で、今日の体操部の練習は午後から。

 ダイニングテーブルで三夜と一緒に豆のすじを取っていた四磨は、早速さっそくスマートフォンを手に取り、朝谷区について調べ始める。三夜が七那以外の兄弟をライブに誘うことはあまり無いため、四磨は都会の方面にはうとかった。

「へえ」

 四磨は画面に表示された地図を見て、さっきと同じ感動詞を、さっきより高い声で言う。

 その地図には、彼女の住んでいたアパートと勤めていた職場、三夜が時々使っている練習スタジオだけが載っていた。その他には道も、コンビニの一軒も無かった。

「建物だらけだ」

 その感想が、四磨の口をいて出た。

「まあ、住むには騒がしい所だね」

 三夜はそう言って、豆のさやから取ったへたすじをボウルに投げ入れ、大欠伸おおあくびをする。

 四磨はスマートフォンを置き、フルパワーでの豆の筋取りを再開する。

「まあ、こんな田舎いなかに一人で来て寂しいだろうからさ、ニト兄ちゃん、仲良くしてやってよ。俺たちじゃあ、昼間はあんまりいられないから」

 四磨は意味ありげな視線を二都に送って、下手へたくそなウインクをする。

「あ、まあ、うん」

 二都は猫背になって、赤くなった顔を、生協の注文をしていたノートパソコンの後ろに隠す。

「おし、そろそろ部活行ってくる。あ、自転車で行くからいいよ」

 四磨は二都が口を開く前に立ち上がり、自転車の鍵を取って家を出る。

 四磨は、行きの電車の中で、部活の休憩時間で、帰りの電車の中で、家に帰って寝る前の時間で、朝谷区についてもう一度調べようとしたが、できなかった。

 スマートフォンは鞄の中から出せないし、出せても、兄弟や大学の友人と連絡を取ることしかできなかった。

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