第3話 ご挨拶
ぴーんぽーん。
二都は煮卵のタレを作っていた手を止め、急いでインターホンに駆け寄る。
粗い映像に映っているのは、同年代か、少し年上と見える女性だ。セールスか? いや、私服だし、何かの勧誘か――?
怪しみながら、「はい」と返事をすると、前髪の陰に隠れた顔がびくっと動いて、そして、何かに背中を押されたように話し出す。
「向かいに引っ越してきました、
五万人の聴衆の前で喋っているレベルの緊張を
「その、ご挨拶に、
「あっ、はいっ、すぐ行きますっ」
彼女が大型車両のエンジンのように震えているのがインターホン越しにも分かって、二都は慌てて返事をし、走って玄関へ向かう。
「あ、どうも……」
玄関から
女性は、
「わっ、わざわざすみませんっ」
二都は転びかけていた体勢を何とか立て直し、門を開ける。
「いえ、あの、これを……」
女性は腕に
「わ、こんな高級なもの……」
それは、二都でも知っている高級菓子ブランドの洋菓子だった。
「ありがとうございます」
六個入りなので足りるが、七人兄弟であることは言わないでおこう。
「いえ、では、どうぞよろしくお願いします……」
女性は深々と頭を下げて、立ち去ろうとする。
「あっ、ちょっと待ってください」
二都は女性を
「ええと、うーん、あっ、そうだ」
きょとんとしている女性を置いて、二都は庭へと走る。
「待ってくださいね! これを、こう、よいしょっと! ……はい!」
「あ、あぁ、わあ」
女性は心底
「あっ」
二都はここで
「すみません! ええと、あー、ええと……」
二都は泥塗れの手で、頭を掻き、顔を押さえ、肩を抱いて、体中を泥だらけにする。
女性はそんな二都を見て、ふ、と息を漏らして笑った。
するとエンジンの如き震えは止まり、彼女の持つ雰囲気は、ぐっと若返って見えた。
「ありがとうございます。私、
彼女が笑うと、柔らかく温かな風が吹くようだった。もしも近くに
「そ、そうですか……」
二都は何だか、息が詰まるようで、
「あっ、あ、それ、
二都はまだ泥の付いている手を、おさるさんエプロンで拭きながら、彼女の
「もし苦手だったら、電子レンジで温めて、ね、加熱すると、はい、甘くなりますから、それで、ちょっと
「そうなんですね。ありがとうございます」
彼女はまた、花が咲くように笑った。
それから、二都に丁寧に別れを告げて、去っていった。
二都は、何だか恥ずかしいような、むず
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