第2話 二都の考え

 三男さんなん三夜さやは夜遅くに帰って来るので、今日の夕食は六人で始まる。

 今晩の献立こんだては、カレーライスともやしのサラダ。

 四磨と健五は今日のできごとを喋り、蛍一は星形の人参を嬉しそうに眺め、七那はそれを目を閉じて飲み込み、弥六はカレーライスのライスをもやしのサラダにかけて食べている。

 二都はそんな兄弟たちを、幸せな気持ちで見守る。

 二都は高校を卒業すると、国立の四年制大学もすすめられていたのに、調理と栄養学を学ぶ短期大学へ入り、その卒業後からすぐに、兄弟たちのために家を守り始めた。

 その理由は、世間的に立派な職業や学問は、二都には向いていないと思ったし、あまり興味も無かったから。美味おいしい料理を作る方が、自分に向いているし、好きだから。ただ、それだけだ。

「あ、そうだ、ニト兄ちゃん」

 二回目のおかわりを持ってきた四磨が、カレーとライスの境界の部分を、自家製の福神漬ふくじんづけとらっきょうでめながら言う。

「おかいさんとこ、誰か引っ越してくるんだね」

「お向かいさん?」

 向かいの家は、長年んでいた老夫婦が昨年に引っ越してから、になっていた。

「そそ。帰ってきたらさ、ハウスクリーニング? みたいな会社の車が出てくるところだった」

 言いつつ四磨は、二回目のおかわりのカレーライスを頬張ほおばり、最初の一口目と変わらぬリアクションをする。

「ああ、そうなんだ。それは楽しみだね」

 以前住んでいた老夫婦はガーデニングが好きで、花の自慢話を聞いたり、互いの家庭菜園でとれた野菜をお裾分すそわけし合ったりしていた。彼らが引っ越してからは花も畑も無くなり、随分ずいぶんと寂しくなってしまった家だが、誰かが引っ越してくるのならば、それがガーデニングをする人ではなくとも、また少し明るくなるだろう。

「良かったね、ニト」

 蛍一が、もやしのサラダをもぐもぐしながら、全世界に平和をもたらす笑顔を二都に贈る。

 その時、いくつかの携帯電話が同時に、それぞれの着信音を鳴らす。

 ぴろりん。

 ころりろりん。

 ぴよん。

 じゃんじゃかじゃかじゃんどっしゃんしゃん!

 ヴーッ、ヴーッ。

「サヤにい、もうすぐ駅だって」

 いち早く兄弟のグループチャットに届いたメッセージを確認したのは、ポケットにスマートフォンを入れていた七那である。

「俺が行く!」

 四磨は残りのカレーライスを掻き込み、立ち上がる。

「ううん、僕が」

 蛍一も、からの皿を持って立ち上がる。

「二人とも、いいって。ゆっくりしてて」

 二都は、二人の肩を全力で押し込んで座らせる。

「シマはまだ、大きい車を一人で運転させるの怖いし、ケーイチ兄ちゃんだって疲れてるんだから、運転なんか危ないよ」

 それに、三夜の話も聞きたいし――。

「はいじゃあごゆっくり。いってきます」

 二都は二人に言い返す隙を与えず、車の鍵を持って、家を出る。

 いつもの夜道を走って、見慣れた小さな駅のロータリーに車をめると、ベース・ギターを背負せおった人影が、すっと近付いてくる。

「お疲れ様」

 後部座席に乗り込んだ三夜に声を掛けると、三夜は「うん」とだけ言って、布のケースに入れたギターをいた座席に置き、携帯電話をいじり出す。

家探いえさがし、どうなった」

 信号で止まった所で、ルームミラーしの三夜に尋ねてみる。

「また今度にする。あんまりいい所無かったし、ナナがいるし」

 三夜はスマートフォンから顔も上げずに答える。ブルーライトに照らされた端正たんせいな顔からは、表情は読み取れなかった。

 ――やっぱり、練習の後は疲れているかな。

「そっか」

 高校卒業後、音楽の道に進んだ三夜は、バンドの練習場所やライブハウスに近い所にまいを移したがっているが、これまでに何度も諦めている。

 その理由の大部分は、すえの七那だ。

 小さい頃から思案じあんで、中学生になるとこもりがちになった七那は、三夜によく懐いており、高校に進学できたのは三夜の存在があったからと言っても過言かごんではない。

 七那はもう高校生だから大丈夫――とは言えないし、三夜は、嫌々いやいや七那の面倒を見ているのでもないし、二都は何より、三夜自身の判断を尊重したいと考えていた。

「明日の練習は」

「十時から」

「じゃあ、いつも通り、七時半の電車ね」

「うん」

 ――三夜の話を聞きたかったのに、そんな、いつも通りの会話しかできなかった。

「腰、どう」

 二都は家事や畑仕事をやりすぎるあまり、しょっちゅう腰を痛めるのであった。

「大丈夫。最近、調子いいんだよ」

「そりゃ良かった」

 三夜の話を聞きたかったのに、こちらの心配だけさせてしまった。

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